迷う事は許さない
ボスと守護者達、彼らの親兄弟だけではなく、親交の薄い友人知人迄もが生命の危険に曝され始めたのだ。
ボンゴレファミリーの現在の活動拠点である並盛では、不幸にも、既に十数名の犠牲者が出てしまったという。
襲撃を受けた人物の中には「なんとか生き延びたらしい」と言われる者も居たが、行方が解らなくなった者も多く居た。
そして、マフィアそのものとは一線を画していた守護者に直接刺客が送られるのも日常茶飯事となった。
何も知らされぬまま過ごしていた笹川了平も、以前とは違い、一日と置かず不審な人物に命を狙われるという日常を迎えて漸く異常事態に気が付いたようで、どうした事かと思い、雲雀に直接連絡を取った。
特殊な電波で繋がれる電話を受け取った雲雀は、笹川に淡々と、これまでに起こった出来事の一部始終を話し、ボンゴレという組織が壊滅状態にあることや、沢田綱吉が死んだことなども、隠さずに伝えた。
元々マフィアに属しているという意識が有るのか無いのかが不明だった笹川も流石に事態を把握したらしく、「何故そんな大事な事を誰も俺に言わなかった!」と憤慨し、声を詰まらせたが、すぐさま冷静になり、何を思ったか「よし、俺も出来る限りの事をするぞ! 極限に!」と叫ぶと、雲雀に礼を述べ、一方的に電話を切った。
通話終了を知らせる無機質な機械音を聴きながら、何故笹川が極秘の筈の自分の連絡先知っているのだろうかと考え、雲雀は一瞬首を傾げたが、これも予めリボーンが教えておいたのだろうと勝手に納得した。
それから部下に、何を仕出かすか解らない、笹川の今後の動向についても、こまめに連
絡をするようにと命じた。
ミルフィオーレの刺客の手は当然のように雲雀にも及んだが、彼らは雲雀に傷一つ付け
られぬまま、次々と闇に葬られていた。
雲雀は10年経っても変わらず「ボンゴレ最強の守護者」という肩書きを保持しており、その地位を誰にも譲らずにいた。
それどころか一層その実力と名を上げていて、噂に違わぬ雲の守護者の実力の前に、ミルフィオーレファミリーの中でも猛者揃いと言われる攻撃専門部隊ブラックスペルのどの部隊長も全く歯が立たなかったのだ。
雲雀は他の守護者とは違い、一人で軍隊をも壊滅させられる程の恐ろしい能力を持っていた。線も細く、大人しそうな見た目とは程遠い、圧倒的な力を。
彼に対しては、Bランクの精鋭部隊など、幾ら投入しても意味がなかった。
格の違いは早々に証明されていたのだ。
雲雀の強さを考えれば、数少ないAランクの隊長クラスを差し向けても勝てるかどうか解らなかった。
底なしの強さ、という言葉がぴったり当て嵌まる程、雲雀の実力は未知数だったのだ。
だからこそ、未だその正体も明らかでない敵マフィアのボス ――― 名を白蘭という ―― は、何度目かの暗殺失敗の後、これ以上は労力の無駄遣いだと言わんばかりに雲雀をターゲットから外したのだった。
白蘭は思いの外賢く、得にならない事はしない主義だったようだ。
また、白蘭が雲雀を暗殺のターゲットから除外した理由の中には、雲雀が、白蘭達が考えている以上にボンゴレという組織に組み込まれていないという事実もあった。
抗争が激化する以前、雲雀は独自の情報網を駆使し、一人でミルフィオーレの科学兵器部隊の足取りを追い、特別に配置された拠点や研究所を破壊して廻っていた事があったのだが、やり方が余りにも雑で、頭脳派としても名高い彼にしては計画性が無く、もしかして彼の破壊行動の理由は独立しており、組織の為のものではないのでは、と、ミルフィオーレの上層部ではそう囁かれていた。
多くの損害を出しながらもミルフィオーレ側が彼の動向を見守っている内、雲雀はランダムに行っていた秘密研究所への攻撃をある日突然止め、再び雲隠れをした。
同じ時期にボンゴレのヒットマン・リボーンの消息が不明になった事から、ミルフィオーレの一部で流れた憶測の内容が正しかった事が証明されたのだった。
彼は単身、どういう理由かは知らないがアルコバレーノの呪いの秘密に迫ろうとした、もしくは当のアルコバレーノの命令で動いていただけだったのだろう、と。
それからの雲雀は、ボンゴレの危機を知っても、ボスの死を知っても全く動じる事無く、アジトに駆け付ける事もなく、マイペースに世界を巡りながら自由気侭に自分の道を進んでいる。
主にマフィアの世界に多く残された謎を解き明かす為、研究者としての道を。
匣や指輪、その他の「不思議」の研究を続けられる事には何の不都合もなかった。
寧ろ、雲雀が得た研究の結果は有意義なものとなるだろう。
彼の持つ情報が必要となり次第、全部隊を挙げて彼を抹殺し、情報を奪い取れば良い ――――― そう考え、白蘭は一時的に雲雀をブラックリストから除外したのだ。
執拗に自分を追いかけていた雑兵達が現れなくなり、雲雀はそれを少しばかり不審に思っていたが、相手も愚かではなく、自分の行動理由を悟ったのだろうと考えると、持ち前の無関心加減を発揮して気分を入れ替え、最近では研究に没頭する日々を送っていた。
けれども、敵の追跡が無くなってから暫くの後。
世界を巡っている最中、かつての家庭教師ディーノから連絡を受け、イタリアに向かった時、雲雀の進むべき運命の道筋も変わり始めた。
想像以上に早く、傍観に徹する時期が終ろうとしていたのだ。
ディーノから受けた連絡の内容自体は普段と変わらず、「お前が欲しそうなネタが手に入ったぜ。また近い内に取りに来いよ」というものだった。
研究の合間、少々行き詰っていた感もあった雲雀は、新しい材料が手に入るかもしれないと喜んで彼の元へと向かったのだが、いざイタリアに着いてみれば、キャバッローネはミルフィオーレから派遣された武力部隊との抗争の真っ最中だった。
何処から寄せ集めたのか解らない黒服の群れに、ディーノ達は防戦一方の苦戦を強いられていた。
隠し通路を使ってキャバッローネ邸に入った雲雀は2階に上がり、屋敷の正面を一望出来るガラス窓の前に立ち、戦況を眺めた。
戦車こそ出ていないものの、相当の攻防が繰り広げられているようで、あちらこちらで硝煙が立ち込めており、見通しが悪くなっている。
それでもじっと眺めていると、薄煙の中に見知った姿を見つけた。
(ああ、まだ生きてるね。……ん? 何時もに比べて動きが悪いな。怪我でもしたかな)
十代・二十代の頃とは違い、三十を過ぎたディーノは、頭脳にこそ衰えがないものの、体力面に翳りが見え始めており、動きにも昔のような機敏さがなくなりつつあった。
鞭捌きも俊敏さも一見以前と変わらないように見えるが、やはり切れが悪くなっている。
反応、反射の速度が全ての戦いにおいて、それは致命的な衰弱だった。
とはいえ、それらはあくまで彼の最盛期を知る雲雀の中での基準なので、対外的にはディーノは未だ十分現役であるし、誰からも一目置かれる存在なのだが。
「まどろっこしくてイライラするな、このゲーム。一秒でも早く資料が欲しいっていう時に…」
眼下で広がる抗争は、何故か双方が長期戦向けの戦術を採っているようだった。