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迷う事は許さない

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 リボーンに対しての感情を隠そうともしない雲雀の初々しさをディーノは微笑ましく思い、同時に、この扱い辛い青年を虜にする元家庭教師の偉大さを改めて思い知らされたのだった。

「ははっ。この話聞いたらすぐ日本に向かうだろうと思ったから、お前の欲しがってた資料はさっきロマーリオに届けさせたぜ。草壁が持ってるから、後でゆっくり確認するといい。
 どうせ日本に着くまでの空の旅、時間はたっぷりあるだろ? そういや、他の奴らも10年前の、ガキだった頃に戻っちまってるらしいが、お前、ちゃんとあいつらと仲良くしろよー? なんでもかんでも咬み殺すとか言わずに、ちゃんと付き合ってやるんだぞ?」

「子供扱いしないでよ。僕ももう大人だし、ある程度は弁えてるよ。そもそも彼らが無駄に群れなければ僕が怒る事もないんだ。どうして僕が怒るのか、あの子達に学んで欲しいぐらいなんだけど。……そんなことより、ディーノ。貴方も、元気でね。貴方まで居なくなったら、きっと赤ん坊が悲しむ。もし死ぬなら、せめてリボーンに逢ってからにしなよ」

「こらこら、勝手に殺すな! 俺はまだまだ死なねーよ。護んなきゃならねーモンが山程あるからな。お前の戦いっぷり観て、俺が迷う事こそファミリーの為にならねえんだって解ったし、気合入れ直してもうひと踏ん張りするさ。恭弥、お前も無茶すんじゃねーぞ?
 あと、リボーンに、またな、って言っといてくれ。必ず逢いに行くってな」

「伝えておくよ。僕が居なくても頑張ってよね、先生。じゃあ、行くよ。資料、有難う」

「ああ、行って来い、恭弥」 
 
 珍しく雲雀の面に笑みが浮かんでいる。
 今までならば資料を手にしてすぐ、無愛想にさよならとだけ言って屋敷を去って行ったものだが、今日は余程機嫌が良いらしい。
 気分次第で態度が変わるという、昔と変わらない、雲雀の子供らしい部分すら懐かしく思いながら、ディーノは厚い扉の向こう側に消えていく後姿を見送った。


「お互い、生きてまた逢おうぜ」


 その呟きに被せるように、客室のドアが閉じられた。

 
(生きてまた逢おう、か。……悪くないね)



 ――――― 雲雀は二十歳を過ぎるまで、ディーノとの真剣勝負で勝利した事が無かった。
 中学時代に出会ってからこちら、実戦が一番手っ取り早く戦闘能力を上げる方法だと言うリボーンの指示の元、修行を兼ねて二人は何度も死闘を繰り広げたが、長い間決着がつかなかったのだ。
 けれども、若い盛りの雲雀のあらゆる能力が上昇する一方、三十路を迎えたディーノは衰えを見せ始め、ある時、ついにディーノは教え子の前で膝をついた。
 そこで上下関係が逆転するか、もしくは雲雀がディーノを用無しとみなし遠ざかるかと思われたが、それから3年、戦えばもう二度と負けはしないだろう現在に於いても、雲雀はキャバッローネの屋敷をふらりと訪れてはディーノから戦術や情報収集能力等、多くの事を学んでいる。
 身体能力で上回っても、追いつけないもの、手に入らないものがある、それを一つでも多く吸収する為に。
 雲雀が欲したのは実際の戦闘経験だったり、経験談だったり(雲雀は、自分が実際に体験しなくとも、聞いた話で戦闘をイメージし、そのイメージを戦略の材料にする事があった)役立つコネクションだったりと様々だったが、ディーノはそれらを彼の望むまま与えた。
 若きボスの懐の広さには彼の腹心同様、雲雀も少々呆れたが、純粋な好意を受けるにつけ、自身はまだ彼と同じ立場にないという自覚を深めたのだった。
 雲雀は常にディーノに対しては敬意を表しており、ディーノもそれを感じているからこそ簡単に屋敷に上げ、邸内を自由に使わせていた。
 二人は既に師弟関係だけではなく、好敵手としても良い関係を築いていた。

 だからこそ二人は素直に、お互いの無事を願ったのだ。


(知らない間に随分懐柔されたものだな、僕も。まあ、いいか。彼の事は嫌いじゃないし)


 雲雀はふ、と、何の含みもない笑みを零すと、キャバッローネ邸の地下にある専用の通路を進み、屋敷の裏山を越えた先にある、極秘に作られた飛行場へと向かう。
 そして辿り着いた先、地下格納庫で待機していた部下の草壁哲也と共に専用ジェット機に乗り込み、レーダーに敵機の反応が無い事を確認するとすぐさま飛び立った。
 ボンゴレの守護者として各位方面に面が割れてしまった今では、正規の手続きを踏んで民間の航空機などに搭乗するのは危険なので、雲雀は自分用にと、予め一機購入していたのだ。現在、移動には専らこの専用機を使っている。
 彼には、ボンゴレの資金を頼らずともそれだけの財力が余裕で有った。
 逆に言えばそれだけの財力があるからこそ、組織を離れて自由に行動出来ているのだ。

「哲、久々に日本へ戻るよ」

「……並盛、ですか?」

「うん。多分暫く滞在する事になるだろうから、僕らの施設も完璧に使えるようにしておくように、手配しておいて」

「解りました」

 何時に無く上機嫌な雲雀を不思議に思いながらも、草壁は了解の旨を告げ、携帯を手に取り、日本にいる部下の数名に帰国を告げた。
 長らく生活感を持たせないまま放置していた施設だが、これで数時間後には使用可能の状態に仕上げられているだろう。
 電話を切った草壁は一通り雲雀の身の回りの世話をしてから、ロマーリオから預かった資料を彼の手元に運んだ。
 特別に誂えられた個室で雲雀は自分専用のシートに凭れ、渡された資料に目を通しながら、小さな欠伸を零す。先の一仕事で少々疲れていたらしい。

「なんだか並盛の風紀が汚されているようだね。着いたらまずはゴミ掃除かな。……哲」

「へい」

「日本に着くまでひと眠りするから、緊急時以外は此処に立ち入らないように。ああ、あと、日本に人を待たせているから、急いでくれる? 今回はくれぐれも交流の無い国の航空領域には入らないようにして。そんな事で揉めて時間を取られる訳には行かないからね。とにかくトラブルになりそうな事は、全部避けて飛んで。トラブルを避けるためなら多少遠回りしても構わない」

「パイロットに伝えます」

 草壁はただ一言了解の旨を告げ、個室を出る。
 一人になった事を確認した雲雀は、適度な薄闇と静寂の中で眠りに落ちた。


 主の命令通り、安全かつ最適な空路を選びながら、雲雀達を乗せた小型のジェットは順調に雲の上を進んで行った。
 そして、イタリアを出て約24時間後。

「…懐かしいな、並盛」

 無表情の下にとめどない歓喜を隠したまま、雲雀は生まれ育った地に降り立ったのだった。


 







 ホームグラウンドに戻ってすぐの仕事が人殺し、それも瀕死の子供達を助ける為のものという内容には鼻白んだが、それでも結果は上々だった。
 敵に負わされた傷も、様子見の為、自分からわざわざ付けられたようなもの。
 γ(ガンマ)という男がどういうレベルの相手かは予め聞いていたので、幾らか手応えのある戦いを期待していたのだが、蓋を開ければ雲雀の圧勝。
 まさに拍子抜けの結果としか言い様が無かった。
作品名:迷う事は許さない 作家名:東雲 尊