迷う事は許さない
「やっぱお前は良く解ってるな。そーだ。いっそヒバリ、お前があいつを殺すつもりで掛かってくれねーか? あいつは雑念が多すぎる。こっちのママン達がどうなってるか、俺も気にはなってるが、今は何の情報もねーんだ。俺達は無事を願う事しか出来ねえ。だが、人を助ける前に、人の心配する前に、「過去の」俺達が殺されちまったら元も子もねーってのに、あいつはそれを理解しやがらねえ。まったく、生きるか死ぬかの事態を、此処まで来ても解ろうとしねーんだ。本当にあいつはダメツナで困るぞ」
「ふふ。そうだね。こっちの君も、ついこないだ迄そうやって、彼を叱っていたな。彼は本当にダメな生徒だ。昔から、優しいだけじゃ生きていけないという事を知らない。このままだと、小さな彼も死んでしまうだろうね。この時代の彼のように。……あの子はあれだけ長い間君に教育されていたのに、君に色んなお手本を見せて貰っていたのに、生きている間に何一つ学んじゃいなかったよ。君がいなくなった途端、あっさり罠に嵌って殺されちゃうんだからね。もう少し賢い生き物だと思っていたんだけれど、僕の見当違いだったみたいだ。報告書を受け取った時は、呆れてものも言えなかったな。まあ、きっと何か思惑があってのことだろうけど。
それにしたって、本当に、君の生徒とは思えないダメ加減だよ。…ああ。君達にとっての未来……これまでの事は詳細に話さない方が良かったかな?」
「…いや。かまわねーぞ。どうせこの”未来”も、近々変わるからな。お前の知ってる”今まで”を聞く分には問題ない」
ニッと不敵に笑った赤ん坊の姿に、雲雀は懐かしそうに目を眇めた。
「呪い」によって生まれ、「呪い」の所為で消えてしまった恋人。
人ならざる者と言われた、伝説のヒットマン。
出逢った時から惹かれていた、唯一の存在。
幼い赤子の中に愛しい男の面影をなぞるかのように、雲雀はリボーンの後ろに長く伸びた影を見る。
「君達は本当に破天荒だね。時代まで超えて危機を乗り越えようなんて、ある意味卑怯だと思うけど。でも考えてみれば未来なんて、過去の後付けでしかないものね。不可能である筈のタイムトラベルが可能だとすれば、出来事を書き換えられるんだとすれば、君の言う事は全く正しいよ。赤ん坊」
雲雀は口元に嫌味の無い笑みを湛えた。
「でも僕には過去や未来のことなんてどうでも良いんだ。僕の大切な貴方がこの世界で生きてくれる事、それが全てだし、その為なら僕は何でもする。だから、今は君の言う事をきく。今僕が君に言う事は、それだけだよ」
何処か寂しげな響きを聞き取って、リボーンはじっと自分を見つめる雲雀の目を見詰め返した。
この時代の自分達がどういう関係だったのかは、雲雀が纏う空気で嫌というほど解る。
「自分」がどれだけ愛されていたのかも。
雲雀のようにまっすぐな人間から向けられるあからさまな好意や恋情は酷く心地良かった。
「悪いな、ヒバリ。じゃあ、この時代の俺の事を話してくれ。話せる範囲で良い」
大人びた赤ん坊の静かな言葉に、雲雀は素直に頷いた。
「…………五年前、突然呪いとやらが解けて元の姿に戻った君は、大人の姿でこの時代を生きていた。他の赤ん坊達も大人になっていたから、かつてアルコバレーノと呼ばれた君達の存在は最近では半ば伝説と化しているよ。君達にかかっていた呪いが何なのか、何故呪いが解けたのか誰も知らなかったし、誰にも解らなかったんだけれど、君だけは、呪いが継承されずに済んで安心したと言っていたな。暫く様子を観ていても君達は至って普通に暮らしていたから、急激な成長も、特に問題はないだろうと思われていた。そうして何事もなく日々が過ぎていたんだけれど、ある日、始まったんだ。敵の攻撃がね。彼らは何かを研究していて、その内の一つが、君達に掛かっていた呪いに関わるものだったらしい。正体不明の兵器を造ったのは、ミルフィオーレとなる以前のマフィアの片割れ、ジェッソファミリーだったという話だ。彼らがこの世に放ったものは、君達元アルコバレーノの身体をじわじわと蝕んで行った。気付いた時には手遅れで、君と、あの門外顧問チームの人以外は死んでしまったんだ。それで君は、彼らの作り出したものを確信した。君以外の元赤ん坊達は、皆イタリアに居た。敵が作ったものはイタリアから世界に発信されていたみたいなんだけれど、日本は少し遠くて、影響力が弱かったみたいだね。だから日本にいた君はどうにか生き長らえていたんだ。それでもやっぱり、影響は受けてしまっていたらしくて、どうやら「この世界」では長く生きられなさそうだと言った……別の呪いが掛かってしまったんだって。門外顧問の人は正式なアルコバレーノじゃないからリミットが延びているだけで、彼女もやがては死ぬだろうって。自分達は全員死んでしまうだろうって。
僕は貴方に死んで欲しくなかった。だから必死に貴方が生きられる方法を探し回ったよ。だけど、間に合わなかった。敵も中々狡賢くてね。あの手この手で発信源を変えるものだから中心が特定出来なくて、本拠地を潰せずにいたんだ。雑魚どもと無駄な追いかけっこをさせられた所為で、貴方に掛かった呪いを解く為の研究に専念することも出来なかった。その内、徐々に弱っていきながらも貴方は自分で生きる道を探し当てたんだ。彼らの本当の狙いにも気付いたよ。僕らは……一応、三年間、恋人という関係だった。それほど甘い関係ではなかったけれど、誰よりも信頼しあっていたよ。だから貴方は僕にだけ話してくれた。全てではなかったんだろうけど、貴方が描いた計画や、アルコバレーノになる以前の、貴方自身の事をね。僕は貴方に、全面的に協力すると約束した。必ず戻ると、言ってくれたから。
そうして……次の朝、貴方は消えた。煙の中にね。そして、きっとそこから始まったんだと思う。全てを元に戻す為の不思議な物語が ―――――――」
一息に話した後、鮮明に残る記憶の中に失くした温もりを探るかのように、雲雀は目を閉じた。
今傍に居るのが同一人物と解っていても、やはり自分を愛してくれた大人の男に想いを馳せてしまうのだろう。恐らく無意識に、呼称までが現在と過去を交錯している。
リボーンの目には、目を伏せ俯く雲雀の、儚げなその姿が新鮮に映った。
14歳の雲雀では考えられない色気が、こちらの雲雀には漂っている。
どうやらこの時代の自分は見事に彼を捉え、艶やかな華として咲かせたようだ。
甘い関係では無かったと雲雀は言うけれども、この様子を観ては素直に頷けない。
どういう切っ掛けで雲雀を求めたのかは解らないが、この世界の自分は「今」の自分のように戦力として必要としているだけでなく、人間として、恋人として、この青年を愛していたに違いなかった。
そうでなければ“自分”が、しかも男を、愛人ではなく恋人扱いし、なおかつ3年も傍に置いておくわけが無い。
その上、自分の過去の話まで聞かせることは無い ―――― リボーンはそう考える。