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acoustic stories / 紅花

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 帝都のどこかの花の街。
 いつも花で飾られていて、女たちが明るい。
 肌の露出が多く生地の薄い服を着ていても、その見場だけに捕らわれた男は痛い目にあうのがここの相場だ。
 きれいなものには棘があるし、毒もあるし、食えばそりゃあ、おいしいだろうが腹の保証はまったくない。
 親友、曰く。
 「それでまたきたのね。あんたも大変よねー。そんなに嫌なら断りゃいい話なのに、できないなんてさ」
 三面開きの鏡の前で、大胆に巻いた真珠色の髪を、ターコイズブルーのレースをあしらったリボンで高い位置に結い上げながら、ステラがくすくすと笑う。
 嫌じゃないよ、と、ちいさな欠伸をしながら窓枠に座り、窓の外の広場を見下ろした。
 明るい夜の街だ。その騒がしさは下町のものに似ている。
 胃にもったりくる匂いと、独特の雰囲気が特別なだけで。
 街路樹にとりつけられたカンテラの木漏れ日みたいな模様が、道行く影をそっと照らす。
 これから相手を探す女たちの楽しげな声。
 早々に、連れ立って宿に消えてく影。
 「ま、下っ端は下っ端か。しょーがないよねぇ」
 「ステラ、背中のリボン曲がってるよ」
 「あっ、ほんと?結びなおしてくれないかな。もーこれデザインおっかしくてさ」
 「いいよ、ちょっと待って」
 整頓されている、とは言いがたい部屋だった。派手な色をしたドレスも、どう着るのかわからないような紐と布だけのドレスも、ベッドの上に重ね重ねで、しかも香油やら香水やら、どれもかたちが同じようなビンに入ったものも一緒に散らばっている。
 この部屋はいつもそうだ。
 忙しくて、明るくて。
 どこか怠惰で。
 窓辺を離れ、鏡の前まで歩いてく途中、室内に干されてる下着の旗を手でのけるのは日常茶飯事。
 「何でこんな結びにくいところに…」
 歩み寄れば、リボンは縦結びになっていた。
 髪を持ち上げているステラと鏡越しに目が合う。
 その飴色の目が猫みたいに笑う。
 「決まってんじゃない。それなりに可愛いし、脱がせる楽しみがないと残念でしょ」
 「言ってること、矛盾してないかい」
 「してないしてない。女が考えてるのと男が考えてるのは違うってだけよ」
 さらっとステラは言うが、分かるようでちっとも分からない。
 項から背骨に添って降りていくライン、肩甲骨の真ん中で結ぶベロア地の青いリボンは触り心地がよく、きれいに染め上がっている上等品だった。
 「あんたがちょっとくらい興味示すんなら、いくらでも教えるのに。って、やだ、手ぇ怪我してるじゃん。そこ軟膏あるから塗っときなよ」
 「ん?…ああ、そうだった」
 いつのまにか忘れていた。
 思い出すと、こういうのはちゃっかり痛む。
 訓練中のものだ。
 「そうだったって…ちょっと、しっかりなさいよ。ボンヤリしすぎだわ。あれ?ねえさんたちの声する?」
 「呼んでるのは正確には三度目くらいだと思うよ」
 一階は酒場で二階から上が宿屋。宿屋は女たちの個人部屋になっていて、つまりはそういう店だ。
 営業時間は外の明かりがぼんやり暗くなってから。これからだった。
 正確な開店時間はないのに、人は呼ばなくても集まってくる。
 「もーそんな時間か。がんばりますかねっと。ありがと、あたしいってくるわー。窓、閉めといてね」
 ステラは階下から呼ぶ声に裾の長い青いドレスを引いてイスを立ち上がり、髪をふわりと下ろした。
 背中のリボンを指差して春の花みたいに笑う。
 口を開くと見た目の印象とは異なるのは、味というやつで。
 ガサツだとか、気が強いだとか、そういうのを入れても、きれいだ。
 「わかった。有難う、ステラ」
 色目とか掛目なしに、素直にきれいだなあと思える対象が人だっていうのは、ある意味誇らしい気がする。それを言うと間違いなくステラは、ユーリみたいに皮肉っぽく笑うのだろうけれど。
 「御勤めご苦労様。早く出世してみせなさいよね」
 ドアの横にあった紅花を左耳に挿し、閉まるドアの向こうでステラの少女みたいだった微笑みが、ゆっくり大人めいて消える。入れ替わりで入ってきたのは、背中の曲がった中年の女性だ。先客なんて居て居ないもの、みたいにさっさと散らかった部屋の掃除を始める。

 ふと短い息を吐いて、窓辺に置いていた手袋を取ると、徽章のマントを翻して窓から外へ出た。

作品名:acoustic stories / 紅花 作家名:toro@ハチ