二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

HONEYsuckle

INDEX|15ページ/25ページ|

次のページ前のページ
 

駆け落ち1日目


 世の中にはきらきらしたものがいっぱい落ちていて、幸せとか夢とか未来とか、聞くだけで胸がふわふわと疼くような言葉に溢れてる。そういうものが好きなら何で敢えて薄暗くて汚れたこんな道を選んだのかと鬼道は聞いたから、俺はそのとき即答したのだ。鬼道がそっちにいるんなら、俺が行かないわけにはいかないだろうって。馬鹿なのだ俺は。その言葉こそがどろどろしたこんな道に、鬼道を引き摺り込んだのだ。
 それが分かっていて手を離せない馬鹿な俺を鬼道が見捨てないから、いつまでも錯覚に気付かなかっただけなのだ。ただ俺達は騙されて、間違って、迷い込んだだけなんだと。思い込んでいただけなのだ。引き金はいつも俺が握っていた。容易く人を傷付ける事実を手にしながら俺は、いつかは二人で正しい道に立って、大手を振って、並んで歩いていけるんじゃないかと。馬鹿な俺は、錯覚していた。


「犯罪者は北へ行く」
 鬼道はぽつりと呟いて切符売り場の路線図を指でなぞった。行き先は決まっていない。鞄の中にはバイトで貯めたそれなりの貯金と着替えと、あとは最低限の荷物だけだ。女のような重い鞄ではないけれど、自分も鬼道も思っていたより大荷物だなと円堂は思う。いざというとき抱えて逃げるには少し重そうだ。
「なにそれ。そういうもんなの?」
「一般論としてはな」
「へー、寒い方が気が紛れんのかな」
 切符の販売機を前に、ならやっぱり西にするか、と勝手に納得して適当なボタンを押した円堂を、鬼道はまるで咎めなかった。黙って眺めてその決断に従い、自分もまた切符を購入する。
「恋愛映画とかメロドラマとかでは、駆け落ちって言ったら日本海の絶壁なんだぜ」
 本当に、何処だって良かったのだ。特に意味もなく、円堂が買った切符を鬼道が、鬼道が買った切符を円堂が握りしめて、新幹線のホームに佇む。乗るのも別に鈍行だって飛行機だって良かったのだが、一刻も早く人気の多い場所を去りたいという気持ちに急かされて、遠くに行きたいという焦りに手を引かれて、まだ当分来ない電車をただ待ち続ける。少し寒くて身動ぎした鬼道に、円堂はあたたかい缶コーヒーを二本買ってきて両方共与えた。渡しながらその冷たくなった手を握って、カイロの代わりだと笑う。
「なあ鬼道、電車乗ったらさ、一週間は全部忘れような」
 この旅行に鬼道は携帯電話を持ってきていなかった。親には円堂の携帯の番号を教えて、出る直前にわざと画面を割って置いてきた。随分と極端なことをしたとは思う。それでも性分からデータだけは抜かりなくバックアップをとった。円堂からのメールも彼女の電話番号も消えてはいない。そしてそれを円堂には伝えていなかった。その内、嫌でも気付くのだから、それまでは言わずにいたいと思う。
「…全部忘れて、少しの間だけで良いから、鬼道と、普通の恋人になってみたいんだ」
「そんなの」
「むしが良過ぎる?」
 絞り出されようとした声は、新幹線の警笛に掻き消されて風に散った。付き合うとき決めた約束も彼女のことも、帰る日のことも、一切考えずに過ごすというのは果たして難しいことだろうか。好きだと何時でも何処でだって言える遠い地で、手に入れたいものなんて一つしかない。
「円堂」
「ん?」
「県を一つ越えたら、帽子とれよ」
 目深に被ったそれを覗き込むようにしてなやりと笑うと、滑り込むように新幹線が横を通り抜けて減速していく。
「それから携帯忘れてきた。はぐれたら根性で探せ」
 ホームも車内もまるで眠るように静かだ。予想していた人の波は凪のように鳴りを潜め、代わりに自分の心臓の音が良く聞こえる。実際は騒音に満ちた晩冬のブラットホームだ。忘れようと言ったって自分達は逃亡者だし、胸が痛いのは罰で、旅には終わりがある。ああ、どうせなら本当に全てが夢なら良かったのにと考えて、円堂は新幹線に踏み入れた。
「…じゃあはぐれないように手繋ごう」

 きっと俺達はとっくに迷子なのだ。

作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき