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HONEYsuckle

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家出3日目[3]


 この世は足掻いたって到底逆らえないような大きな流れに支配されている。それに抗うだけの力が俺になかった。俺では神には敵わない。ただ俺は、一人では立ち向かうことすら満足に出来ないその脅威にも、誰かの支えがあればもしかしたらと、そう思えるような淡い期待は持っていた。目の前にそれを信じさせてくれるような存在がいたからだ。
 俺はそれにいつだって勇気をもらってた。

「はいこれ。有人くんの分のお弁当」
「…すみません。ありがとうございます」
 三日目になってようやく円堂の家族にも馴染んだ様子で、こんな生活の中にも鬼道らしさが戻ってきた。家事を進んで手伝おうとする姿勢はあまりに必死で不似合いで、何でもそつなくこなすくせに変なところが不器用でまるで子供みたいだと円堂は思う。同い年だし、他人のことを言えるほど自分は大人ではないが、そういう意味ではなくただ純粋に、いつもの肩肘張って背筋を正した鬼道ではない一面を見た気がして。
「弁当の中身多分一緒だな」
「…そうか。悪いが今日は屋上で食べるから」
「おっ良いな屋上!俺も」
「いや…お前まで来たら意味がないだろう」
 同じ弁当を持っているところを見られたくないのだ。というより、それで周囲に詮索されるのが嫌なのかもしれない。一緒に暮らしていると周囲に知られるというのは厄介だった。円堂からすると、それが少し寂しいような当たり前なような気がして、少し混乱する頭を掻き乱すと、少しだけ後ろを歩いていた鬼道に寝癖を指摘された。
「…え、うそどこ?」
「後頭部。起きたときからずっとだ」
「家出る前に言ってくれよおお!」

 自分は実に恵まれていたのだと気付いた。帝国にいた頃も今も、中学に入ってから一人で弁当を食べるのは初めてだった。空が青すぎて目が痛い。蓋を開けると家庭的なおかずが窮屈に押し込まれていて、全部食べきれるだろうかと考えて少し笑った。屋上には珍しく誰もいない。
一人になって、ようやく家を飛び出してきた自責に襲われた。心配しているだろうと思う反面、案外自分がいなくても大した変化はないかもしれないとも思う。それで良いんだと思う。家出なんてそんなものだ。学校に連絡が入っていないのを見ると、円堂の両親が家に連絡を入れたんだろうということも分かっている。少しでいいから、父親に自分のことを考える時間を持って欲しかった。我が儘を言ってみたかっただけかもしれない。それは恥ずかしいことでもあり、悲しい程の本音でもあったのだ。優勝も逃して、転校もして、まだ父親を困らせる自分が情けないのに、それでも足は動かない。今はまだ引き返せそうもない。
「鬼道!」
「…だからお前まで来なくても良いと言っただろう」
「良いじゃん誰もいないしさ」
 円堂が目の前にしゃがみこんで弁当箱を開いた。一人じゃなくなった途端に食欲が沸いてきた気がして鬼道も箸をすすめる。空が青い。でももう不自然と眩しくはない。
「やっぱりおかず同じだなあ」
 覗き込んで笑った円堂の瞳に映った自分がとても満足そうに見えて、胸に詰まって堤防のように聳えていた不安がわずかに溶ける。なんて顔をしているんだろう、と思う。鬼道自身も、円堂も。まるで自覚のない迷子が、錯覚の幸福にひたっているように。
「…なあ」
「ん?」
「俺の家に来たとき、サッカー雑誌を見せただろう」
「うん」
 風が少し強く吹いて、マントを靡かせた。鮮やかな青に光が反射して円堂が僅かに目を細めると、ピントの合わない視界の中で鬼道がくしゃみする。寒いのだろうか。
「お前のアルバムを見てみたい」
「…なんで?」
「単なる興味だ」
「ふーん」
 良いぜ、と特に気にする様子もなく返事をして卵焼きを頬張る円堂を黙って見つめて、何を考えているのか鬼道は悟らせまいとするように紙パックのお茶をちびちび飲み続けていた。

「これは風丸か」
「あたり!小学校のときの運動会だなー、懐かしいなあ」
「やっぱり風丸が一位なんだな」
 誇らしげな円堂の表情を見て少しだけ、胸が痛むのを覚えた。ばかげている、と自分自身を一蹴して、嫉妬心に蓋をする。
「…いや嫉妬だと分かってる時点でもう」
「なんか言ったか?」
「なんでもない。円堂は昔から変わらないな」
「それよく言われる!」
 今、一番近くでこの笑顔を見ているのは自分だ。それだけが今本当に欲しかったものなのかもしれない。刻み付けるように円堂の笑顔を瞬きすることもなく見つめゴーグルを外す。輪郭がぼやけて、少しだけ顔を近づけた。
「鬼道って目、真っ赤なんだなぁ」
 ゴーグル越しでみるより褪せているのに、自分を見て微笑んだその全てを、光にして、瞳に直に焼き付けて、吸い込まれるように額をつきあわせて、欲張ってしまいそうになる心を押し潰して、ただ同じように微笑んだ。触れなくて良い。ただ円堂の心にも、ほんの少しで良い、消えない程度に、自分が焼き付いてくれたらと願う。

作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき