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HONEYsuckle

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家出4日目[2]


 この世は理不尽に満ちている。あるいは世界というものは、実は大した秩序など持ち得ないものなのかもしれない。人のものさしなんて、所詮は短く曖昧なものだ。測れないもの全てが疎ましくもあり、羨ましくもある。
 俺はいつだって誰かの尺度に、おそろしいほど依存している。

「不思議なものだな」
 下校途中、沈みかけの夕焼けを橋の上からぼんやり眺めていると、鬼道がぽつりと呟いた。
「なにが?」
「太陽も空も何も変わらないのに、青くも赤くも見える」
 橋の手すりの錆びが付着して指が茶色くなった。夕日とそれを交互に見ながら円堂が理解できないことを訴えるように小さく唸ると、鬼道は真っ赤な川面だけを見つめてふと真面目な顔をした。
「ここ数日でまた、お前の印象が大分変わった。単に俺の見方が変わったということだったり、気のせいなのかもしれないが」
 多分同じことなのだ。見る角度や周りの状況が異なれば、何だって別の表情を見せる。円堂にも家族にだけ見せる顔があったり、油断してさらけ出す欠点や、ひた隠しにしている良いところが、いくらでもあるのかもしれない。それを垣間見ることが出来たというだけ、なのかもしれない。
「んー、まあでも、そうかもなぁ。俺もさ、鬼道にあんなかわいいとこあるって知らなかったしさ」
「かわいいとはなんだ…失礼な奴だな」
「褒めてるのに!」
 馴染みの薄い家庭料理に戸惑って、照れ臭そうに口に運んだり、慣れない手付きで洗濯物を畳んだり、狭い浴槽に恐る恐る足を入れたり、些細なことで一喜一憂する鬼道有人が見れて、単純に嬉しいと思った。同じように感じたり考えたり、同じ目線でものを見たりすることを、純粋に楽しいと感じた。円堂もまた、たくさんの発見と、二人だけでの時間の共有を重ねる内に、鬼道有人という存在に対する意識が少しずつ色を変えていったことに気付いてた。
「青と赤に変わるなんて鬼道みたいだよなぁ」
「…どういうことだ?」
「これ」
 羽織ったマントを摘まんでひらひらと揺らしてやると、鬼道は呆れたように小さく溜め息をついた。理由は分からないが少しだけ拗ねたようだ。
「くだらない」
「でもよくよく見ると、黄色とかピンクとか紫とか、白っぽい部分とかもあって」
 ほら、と円堂が指差した方向を見ると、空が裾にかけて微妙なグラデーションを描いていた。空に鮮やかな色彩が視界に広がって鬼道はふと目を細める。
「円堂」
「ん?なに?」
「あそこの空、緑色だ」
 本当だ、とはしゃいだように目を輝かせて笑う横顔を見ながら、昔誰かに聞いた噂話を思い出す。恋人同士で緑色の空を見た者は、一生その人と一緒にいられる、なんて、根拠も証拠もない夢のような話だけれど、今ならそれは願いなのだと分かる。
「叶うと良いな」
「何が?」
 自分自身のばかげた夢が、と心の中で返事をして、鬼道は握り締めた手すりを離した。自分も円堂も掌が錆びで茶色くなっているのを見て、満足そうな笑みをゆっくりと浮かべる。
「…なんでもない、帰ろう」
 鬼道は一度だけ振り返ってそれを見た。いくら奇跡を願っても、夢話に思いを懸けても、円堂と自分は恋人でもない。男女でもない。当然、手なんて繋げないし、甘い会話もキスもない。でも後ろに伸びた二人の影はだけはまるで、寄り添っているように見える。

作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき