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HONEYsuckle

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の[Re]


 俺は昔から、寝る前に絡まった頭の中を整理してからでないと目を閉じられない子供だった。臆病を楽しい思い出で振り払おうと始めた習慣だ。そうやって俺は暗闇に怯える自分自身を押し込めていた。
 考えるべきことは大抵いつも山積みだったし、いつの間にか静まり返って真っ暗な夜という時間が嫌いではなくなっていたから、俺は未だにそれをやめるつもりはない。
 昔は当たり前のように悩みと向き合えていた。部活のこと、チームメイトのこと、試合のこと、技のこと、勝ったこと負けたこと。俺は頭が良い方ではないけれど、考えること自体は実はそんなに嫌いじゃないのだ。殊にサッカーに関しては。
 ただ一つだけずっと避けていた議題があった。避けている割に、よく俺はそのことを考えていた。結論を出すためではなく、考えている間はそれを忘れないでいられる気がして、何度も、記憶が曖昧になる前に反復しては、答えが出るのを恐れて思い出すにとどまった。その問題にかたがついてしまうのが嫌だったんだ。自分の中で完結させてしまうくらいなら、俺は一生この思いに苦しんでいる方がマシだと思っていた。


 濡れた肩には懐かしいマントはなかった。でも根底にある人間としての存在感は変わらなかった。会いたくて会わないことを決めていたその人と、再会したのは大雨の中のこと。二人で見た空は、雲の向こうに閉ざされていた。
「…鬼道?」
 俯いてすり抜けようとした背中に、円堂は思わず声を掛けていた。びくんと跳ねた肩は、先程ぶつかったときより数段小さく見える。雨は勢いを増していた。振り返らなければそれでも良いかと円堂は思った。二人きりで会うことは二度となくて良いと考えていたのは自分だったというのに、呼び止めてしまった自分が間違いだったと思った。
 すみませんという一言、声が聞けただけで十分だ。もう鬼道に望むことはやめたのだ。早く立ち去ってくれたら良い。早くこの出来事がなかったことになれば良い。そう思っているのに鬼道はゆっくりと振り返り、名前を呼んだ。
「いい加減はなせ」
 指摘されて初めて円堂は、自分が鬼道の腕を強く掴んでいたことに気付いた。

 鬼道はぶっきらぼうに突き放すようなことを言った割に、まるで怒った様子も驚いた様子もなく、不思議なくらい大人しかった。円堂は濡れる鬼道を雨に晒したままにするのを躊躇い、持ってもいない傘を差し出すことも出来ず、引っ張るようにして近くのファストフード店に連れ込み、強引に席につかせてごめんと言った。何に対する謝罪か自分でも全く分からなかった。ただ鬼道は一切の抵抗も文句も、何処かに落としてきてしまったように黙って笑って、鞄からタオルを二枚出して一枚を円堂に放り投げた。

 雨の昼のこと。季節は冬である。

作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき