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君の名は

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春まだ遠い



 花は咲かず、雪も降らない。中途半端な季節のどこか騒がしい曇りの空は、風に揺られてまた表情を変えた。私はそんな雲を見ながら、雨が降らなければいいなとぼんやりと思っていた。夜になれば、クラスの皆でお別れ会と称した宴会のようなものが行われる。それまでは天気が崩れなければいい。
 体育館から出ると、渡り廊下はごった返していた。卒業生は思い思いにグループを作って写真を撮っている。あれはサッカー部だろうか、出てきた顧問の先生を捕まえての胴上げが始まった。あそこでは、バスケ部が。後から出てきた後輩達まで交えて凄いことになっている。至るところで笑いと、ほんの少しの涙が混じった騒ぎが起こる中、外れの方で微笑ましいような光景が行われているのを視界の隅に止めていた。緊張に震える女の子と、途方に暮れた、けれどもどこか嬉しそうな男の子の組み合わせはいいものだと、どこぞのおっさんのようなことを考えながら、クラスメイトと写真を撮ったり、「部室に顔出してくださいね!」と言う後輩の頭を撫でたりしていると、毎年の光景に慣れた顔を見せない、生活指導の先生の声が響いた。
「教室に戻りなさい!まだ卒業式は終わってないぞ!」
 肩をすくめて校舎に戻る波の中に混じっていると、いつの間にかはぐれた友達に肩を突かれる。
「あとで、写真撮ろうね」
 笑う顔に、こちらも笑顔を返して頷く。フフ、と小さく笑いあっていると、友人の目がギョッとしたように大きく見開いたのでこちらが驚いた。視線の先に振り向くと、いつもの通り温和な顔をしたクラスメイトが歩いている。何も変わった様子も無い。思わず首を傾げると、不審な視線に気付いたのか、河合くんがこちらを向いた。揺れたブレザーを見て、ほんの少し笑った。
「どうかした?」
「ううん。……さすがだね」
 自分のブレザーのボタンを指差すと、河合くんは困ったように笑った。「開けてるとまだ寒いんだよなぁ」と照れ隠しのように呟くのに、私もますます笑みを深める。すでに二つ目のボタンがなくなったブレザーは、風に揺れて確かに寒さには弱そうだった。笑っている私たちの横で、二人分の不穏な視線を感じたけれど、それにも私はそ知らぬ顔で通した。私の隣の友人と、河合くんの隣の島崎は、口には出さずに「バァカ」と言っていた。主に、私に対して。
 
「コレでお終いなの?」と島崎に言われたのは半月も前のことだ。久しぶりの登校日に、三年の教室棟はHRが終わっても賑わいを保ったままだったけれど、受験がまだ終わっていない私としては帰らざるを得なかった。一緒に帰るよ、と言ってくれた友達に笑って手を振って一人教室を出る。後ろ髪を存分に引かれる思いだった私の背中に、そっと声がかかった。
「もう帰るの?」
 振り返ると、島崎も帰り支度を完璧に整えていた。
「まだ優雅な身分になれてないんだもん。そっちは?」
「オレもだよ。まだ受験生」
 島崎はまるで羨ましくなさそうな皮肉な笑みを教室に向けてから廊下を歩き出す。私もまたつられるようにして歩き出した。推薦、というもう届かない魅惑の響きから遠ざかるように。しばらく無言で歩いていたが、階段があと一階分で終わる頃になって島崎が口を開いた。
「……次に会うのは」
 スッと動かした視線の先には、島崎の横顔と馴染んだ廊下の壁の色がある。
「卒業式だね」
 何の色も見せない島崎の横顔は、私に不穏な思いを抱かせた。そうやって、油断させて、この男は。
「そうだねぇ」
 チリチリする気持ちを隠して、せいぜい暢気に言ってやると、島崎はチラリと私に視線を落とした。
「いいの?」
「何が?」
「コレで、終わりなの?」
 終わり、という言葉に私の心臓がキュウと鳴った。情けなくてうつむいてしまう。私のそんな動作を無表情に見ているこの男は、知っているのだ。名残惜しげな私の視線の先を。広い背中から響く笑い声を、くまなく拾う私の耳を。
 私、私終わらせたいのよこういうの。情けないでしょう?
 言ってしまえばいいのにやっぱり言えなくて、私は顔を上げて笑うことにした。心臓が痛くて、コートの上からギュッと掴んでしまう。
「島崎くんて、親切なのか意地悪なのか分からないね」
 言うと、島崎はほんの少し私を見つめたあと、諦めたように肩をすくめた。
「オレはいつだって親切よ?」
「そうかなぁ」
 階段を下りる私たちの足音がやけにリズミカルだった。閃くように、このまま何もかもがなくなってしまえばいいのにと思った。家に帰ったらやらなければいけない問題集も全て。二週間後に行われる本命の大学の試験も全部。私がたった一人を見つめていた時間も全て。
 なくなってしまえ。
 念じると同時に階段が終わった。何も変わらない、もちろん私が見続けていた人のいつも隣にいた人だって消えはしなかった。ため息が零れかけ、慌てて私は前を向いた。下駄箱が冬の陽にキラキラと輝いている。
「オレは」
 光に一瞬見惚れていた私を余所に、島崎はさっさと下駄箱に近付いて靴を取り出していた。私は少し小走りになって自分の靴箱へと向かう。ローファーのつま先でトントンと地面を叩くと、島崎は言った。
「君の見る目に、結構一目置いてたんだ」
 三年近くも、よくもまぁ。
 まるで呆れているかの口調で呟く島崎の横顔をまじまじと見た。その色が、珍しく素直で、私は笑い出してしまった。本当に、そうだなぁと思って。よくもまぁ、見るだけ見てたもんだ。そして結局、進展しなかったもんだなぁと。三年近く、即ち私が見つめ続けた時間以上に、あの人の隣にいた島崎は、私の愉快そうな笑い声に少しだけ笑った。もう半月も前のことだ。そして今日、私たちはとうとう卒業式を迎えた。河合くんの第二ボタンは、私の知らない女の子の手に渡った。
 最後のホームルームも何もかもが終わり、学校全体がようやく落ち着きを見せてきた。私はそんな校舎の中をぼんやりと歩く。早く帰らなければなぁ、と思うのだけれど、名残惜しいような。うまくは言えない。何か落としものをしているような気持ちだった。ポツリポツリと、この気持ちは終わりだ、終わりなんだと確かめるように歩いて、ふと覗いた窓の外に「どうして」と呟いた。
 どうして、いるのよ。
 しかも一人で、どうして、いるのよ。
 私はいっそ泣き出しそうになりながら駆けていく。私はあの背中なんて見慣れすぎて焼きついているのだ。階段の手すりをつかみ、華麗にターンを決めるついでに転びかけて心臓が冷えたけれども走り続けた。間違えるはずなんかない。どうして、どうして一人なのよと苛立ちのままに走って走って走り続けて。
 辿りついた先で、河合くんは一人グラウンドを見つめていた。その背中に私は立ち尽くす。ほらね、間違えるはずなんてないんだよ。私はこの背中をずっと、ずっと見ていて。走ってきた名残のせいで息が切れていた私に気付いたのか、河合くんは振り向いて、驚いた顔をしてから笑った。その笑顔。野球から離れるとふんわりと翳ってつかめない、その笑顔を私はずっと、
ずっと好きだった。
 焦点がなかなか合わないせいで、お互いに立ったままなのに近付いたり遠ざかったりする河合くんの顔を見つめていると、島崎の声が蘇った。
「コレで、終わりなの?」
作品名:君の名は 作家名:フミ