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さざめき 零れ 流れる

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顔を上げた先の視線は、あの頃と変わらない気がする。あたしの思い違い、もしくは思い込みなのだろうか。きっと阿部くんは何かを変えている。何か。あたしの知らない、あたしの届かない何かを。それを知りたいとか、届きたいとか思っているのとはまた違うのだけれど。
胸の中が、なんだかざわつくんだよ。
それが何なのかはよく分からない。甘くも辛くも何とも無い、ただの風のように通り過ぎてしまうものだ。きっと何も残さずに消えてしまうもの。
上げた視線をまた下ろしかけて、窓から聞こえてきた音に、思わずパッと振り向いた。
カァンと、またあの音がする。
立ち上がりかけたあたしより先に、阿部くんが窓へと身を寄せる。その横顔にいっそう強くオレンジ色の光が当った。あたしは吸い込まれそうなものを遮断するように瞬きしてから窓を覗き込む。
見えたのは、やっぱり見覚えのある人たちだった。
珍しいのは、西広くんも参加していたことだろうか。「息抜き、息抜きー!」と誰かに言い訳をするように声を張り上げながら、田島くんがブンッとバットを振る。さっき打たれたボールは、泉くんの手から西広くんに渡り、そして三橋くんへと投げられた。受け取った球を、大事そうにギュッと握り締めて、三橋君は田島くんの方を向く。
「つ、次!」
「んーとな、インにシュート!そんで西広にゴロ取らす!」
その声に身構えた西広くんは、次に聞こえてきた声にちょっと力を抜いて笑ったように見えた。
「おい!そこのギリギリコンビ!何やってんだ!」
主将の怒鳴り声に、エースはビクリとしていたけれど、四番はまるで平然としていた。
もしかしたら、何かを言いかけていたのかもしれないけれど、あたしの前から出された声に、それはかき消されてしまう。
「三橋!」
花井くんの声のときとは比べ物にならないほど、体をビクリと反応させて三橋くんが校舎を見上げた。その表情は、阿部くんからは見えているのだろうか。よく分からない、いつもとまるで変わらない声が夕焼けに伸びていく。
「投げすぎんじゃねぇぞ!」
「そっちかよ!」
泣き出しそうな花井くんのツッコミに、申し訳ないけれど笑ってしまった。阿部くんは「何がおかしい?」と言わんばかりにふんぞり返っている。笑い声の響くグラウンド、嬉しそうな三橋くんにこちらも笑顔になりながら、あたしはフッと真顔に戻って横顔を見る。グラウンドを見る横顔、阿部くんは静かに笑みを浮かべていた。ふと漏らした笑顔、夕日に照らされた視線はとても穏やかだ。
作品名:さざめき 零れ 流れる 作家名:フミ