Call,Call,Call!
名前を呼んで
追いかけても、声を、嗄らしても。
届かない背中を持っていた。
嘘みたいに眩しい日差しの中で、そびえ立つ看板を眺め、有里は思わず顔をしかめた。
「端だね……」
「端ですね」
隣の赤崎は同意するように頷くと、大して気にも止めないような顔で「でも、いいでしょ。時間はあるし」とあっさり言って歩を進めた。慌てて追いかけようとした有里だったが、突然振り返った赤崎に、驚いて止まってしまう。
「ちょっと待った。アンタどこ行こうとしてます?」
なぜか訝しげな声と表情に、きょとんとして答える。
「え、爬虫類館」
当たり前でしょう、との響きすら持った言葉に、赤崎はますます眉間のしわを深くする。まだ若いのに、とよく分からない心配をする有里を余所に、目の前のしかめっ面は重々しさすら伴って告げた。
「却下」
そうしてまた歩き出そうとする赤崎の背中に向かって、有里もまた大股に歩く。
「何で、だって動物園なんだよ?爬虫類館に行かなくて、どこを見るのよ?」
隣に立った有里に、赤崎は呆れたため息を寄越す。全くいちいちすかした男だと思う。
「動物園って言ったら、キリンでしょう」
なのに出てきたのは妙にのんきな動物だった。あの長い首の、綺麗な目をした動物を思い浮かべて有里はちょっと意表を突かれる。何だかひどく素直に心に落ち着いてしまう。
「……そうだっけ?」
しかしどうしても諦め切れなくて、首を傾げながら反論、めいたものを呟いた。有里の素朴な疑問に、「そう」とだけ答えて、飄々と赤崎は足を動かしている。とぼけようとして、けれどうっすらと笑みが透けている表情に、堪えきれずに笑ってしまった。それで少しだけ肩の力が、抜ける。
まさか緊張、しているだなんてそんなことはあるはずがない。
自分に言いきかせるように、そんなことを思って有里は赤崎の、隣を歩く。この男の子は一体いつの間に、こんなよく分からない生き物になってしまったんだろう。爬虫類なんて目じゃない。宇宙博物館にすればよかった。考えるうちに、気付けば唇を尖らせて呟いていた。
「私、フラミンゴは譲れない」
有里の主張に、赤崎はようやく隣を振り向き、あの鮮やかさを有里を通して思い浮かべるような目をした。どうにも無防備に見上げてしまったので、二人はガッチリ目を合わせてしまった。ギシリと、音を立てるぎこちなさで、逸らす。馬鹿みたいだと思う余裕はない。それこそ、本当に馬鹿みたいだ。
「……俺は、どんなに並んでもパンダだけは外せなかったんですけど」
けれど小さな会話は続く。少しずつ顔を上げて、見て、逸らして。探るようなこの距離感、が前からあったような気もするし、それとも今初めて立たされているようでもある。何なんだろう、これは。
「いいじゃない、レッサーパンダ。可愛いよ」
笑いながら言った有里に、赤崎は憮然として「欺瞞だ」と呟く。その膨れっ面に思わず笑い声を上げると、ギロリ、不遜な目で睨まれた。でも先へは、行かない。歩調は、ゆっくりと。手は繋がないで、隣り合わせを歩きながら。
私たち、何を欲しいと思っているんだろう。
作品名:Call,Call,Call! 作家名:フミ