バルカ機関報告書
連合議会議員総数四百二十七名。そのうちのおよそ六割が地球系議員と呼ばれ、地球本国選出の議員である。残りの四割は殖民系議員と呼ばれ、殖民星選出の代議員達であった。力関係で言えば前者のほうが力が強いが、選挙民の数でみれば後者のほうが勝っている。宗主国が植民地を圧迫し搾取するという構図はここでも同じであった。本国と殖民星はこれまでにもその待遇のことで激しい応酬を繰り返していた。前者は殖民星を搾り取ることしか考えていなかったし、後者は負担を何とか減らそうと必死であった。そして、今までのところ、両者の綱引きは圧倒的な軍事力を有する前者が有利に交渉を進めていた。それはともかくとして、エレナが驚いたことには殖民系の議員百五十五名の全員がバルカから何らかの援助を貰っているということであった。それは裏表にわたる直接の資金援助であったり、物資の融通、新規殖民につきもの土地という形での援助もあった。もっともそれはエレナもある程度予測はしていたことであった。エレナがショックだったのは、バルカの息がかかっているものが地球系の議員、それも複数の大物政治家にいるということであった。その中には、反バルカキャンペーンの先頭に立っている者もあった。
――なんだ、あの連中はバルカの手先だったのか!
真実を知ったエレナは端末のモニタにもう少しで唾を吐きそうになった。査察を声高に叫び、エレナを送り込んだ張本人の何人かは実はバルカにたかるダニであったのだ。
――全く……。
真実を知るごとに監査官の顔色は悪くなっていく。だが、そのようなタブロイド紙を飾るべき真実は、真実の中でも最低級の真実であり、実際にはどうでも良い些末なことであった。どの議員がどれだけ資産を持っていて、どれだけ献金を受けているか。そんなことにいったい何の価値があるというのだ!そんなものは結局のところごみ屑であった。エレナは、そのことをすぐに思い知らされることになった。
――こ、これは……。
アークスの吐き出す情報の中にあった一項目に、エレナは椅子から転げ落ちそうになった。その情報は開発中新型兵器というリストの中にあった。
――セシリア星系でサルベージされた異星文明のテクノロジーについて。
「な、何ですって?」
エレナは悲鳴を上げた。いや、悲鳴を上げたと思っているのは本人だけであった。エレナの声はかすれていて、すでに言葉にすらなっていなかったのである。
データによれば、バルカ機関は殖民惑星セシリアの海中から人間以外の知的生命体が作ったと思われるオーバーテクノロジーの回収に成功しているというのである。それも二十年以上も昔にである。もちろんエレナはそのような発見があったということを知らず、彼女が知らないということは、連合政府の代議員達もそのようなことは知らないということであった。しかも話はそれでけではない。
――異星文明のテクノロジーを応用した新型戦闘機について。
エレナは司法局の人間であり、科学に関する知識はそれほど深いとは言えなかった。彼女は法律家であり、現実にあるものを解釈するということは得意であった。けれど現実にないはずのものを解釈するという経験を彼女はこれまで積んでこなかった。理解不能な事態に直面して女査察官は思考がしばらく停止してしまうことになった。
――新型戦闘機?異星人のオーバーテクノロジー?
エレナは片手で顔を覆うと、ふふふと意味不明な笑い声を漏らした。彼女は笑うことしかできなくなったのである。
――そんな馬鹿なものが存在するわけがない!きっとこれはくだらないジョークに違いない。
エレナは異星の記憶というコレオーネが得意とする馬鹿話をさらに笑い飛ばすべくデータの検索にかかる。それにしても最高級機密に法螺を加えるとはさすがはバルカの法王ではないか!
――異星文明は、恐らく一万年ほど前に滅亡したと思われる。その文明の残骸からサルベージをした情報を元にして設計開発された新型戦闘機はすでにロールアップを終え、テストフライトを行っている。
エレナは声に出して笑うのはやめたが、とりあえず笑顔は保ったままに検索を進める。
――テストフライトはすでに千二百時間に及ぶ。データの収集は順調。
査察官は顔で笑うのもすぐにやめてしまった。彼女はとうとう笑っていられなくなってしまったのである。バルカは間違いなく、かつて存在していたであろう異星の文明の残香を手に入れ、解析し、実用にまで持っていっているのだ。それも数百億のほとんど全ての人間の知らないうちにである。彼らははるか数十パーセクの彼方に輝く天体で拾った持ち主不明の遺失物を着服し、それを我が物としたのだ!だが、これを犯罪と言うべきなのだろうか?大多数の人類に対する背信ではある。けれど、全人類への背信などという罪は連合刑法にも載っていない。法律に載っていない罪は罪ではないのだ。
――新型戦闘機はあまりにも特異で複雑な操作システムになっており、そのままでは通常兵器として使用ができない。そこでこれを補うために強力なコンピューターサポートを有する機体と人間の脳組織をベースに培養されたサポートシステムが組み込まれた機体の二系統が存在する。
人間の脳をベースとする補助システム。
エレナは渋い顔をした。人間の組織培養はバンクーバー条約で制限が加えられているはずであった。法律の専門家であるエレナにしてみれば、実に面白くない状況である。だがエレナが面白かろうと面白くなかろうとバルカはお構い無しである。河馬は歩く時に足元の蟻など気にしないのだ。オーバーテクノロジーの記述はさらに続く。エレナの表情はすでにデスマスクのようになっている。
――前述機体は普及型であり、訓練を受けた全てのパイロットが操縦できるものである。だが、これとは別に特殊実験体のみが操縦できる機体が存在する。全部で十三機からなるこれらの特殊機体はレビヤタンシリーズと呼ばれる。
「特殊実験体?」
生まれて初めて聞くフレーズにエレナは首をかしげた。彼女は、データベースに『特殊実験体』という項目を探したが、そのような記述はどこにも無かった。
「どういうこと?バルカの最高機密からも抜け落ちている項目なんて……」