バルカ機関報告書
水晶の加工には大変高度な技術が必要なのだが、南米のマヤの人々は、どのようにして水晶からどくろを切り出したというのだろう?図鑑には他にもたくさんのオーパーツ、つまり由来不明の物品、信じられないほどの高度の技術をもって作られた古代の品々の例が掲載されていた。それは、インドの高純度の鉄の柱であったり――純度があまりにも高いために決して錆びることがない!――、南米にある宇宙船の壁画であったり、太平洋に浮かぶ小島に点在する石でできた都市や巨像であった。ツカサはそのような不思議な品々に強い興味を抱いていた。それは、子供が多分そのような品々とヒビヤツカサという生き物に同じ波長を感じていたからだろう。この世界に出し抜けに何の脈絡も無くふっと現れた不思議な品々は、同じように突然この世に生じたツカサの存在と非常によく似ていた。
「ジュリアーノさん、オーパーツって知ってる?」
子供は訊ねた。ジュリアーノはふんと頷いた。
「知っているさ。ツカサ君はオーパーツに興味があるのかい?」
「……うん。ちょっと」
子供は適当に頷いた。それから子供は続ける。
「オーパーツって、誰が作ったのかな?」
ジュリアーノは笑った。
「ある人は、古い時代に栄えた超古代文明の生き残りが作ったというし、ある人は、宇宙からやって来た異星人が作ったとも言う」
「チョウコダイブンメイ……」
ツカサは口の中で聞き慣れぬ単語を反すうした。
「けれど、オーパーツを作ったのは本当はそんなものじゃないんだよ」
青年は即座に言った。さすがはコレオーネである。彼は知らないことなど無いのだ。
「じゃあ本当はどうなの?誰が、それを作ったの?」
子供はつられて聞いた。コレオーネは穏やかに言った。
「オーパーツを作ったのは誰でもない人間の偏見なんだよ」
「へんけん?」
「そう。そんなものはあるはずがない、そんな時代の人間にそんな難しいことができるわけがないというみんなの思い込みがオーパーツを作ったんだよ」
「水晶のどくろも?」
子供は訊ねた。ジュリアーノ・コレオーネは子供の問いがすぐに南米のマヤの残した製品だと合点がいったようである。
「そうさ。昔の人は確かにそれを作ったんだ。マヤの人達はマヤの人達の力でどくろを水晶から切り出したんだ。彼らはそれができたんだ。けれど、それをヨーロッパの人達は信じなかった。彼らはマヤの人達のことを馬鹿にしていたから、そんなことができるわけがないと疑わなかったんだ。マヤの人達がどくろを作るよりも何百年も昔にエジプトの人達は水晶を加工する技術を自分達の手で編み出していたと言うのにね。エジプトの人達が出来たのに、マヤの人ができないなんて、そんなことがあるわけがないんだ。オーパーツというのは、だから公平に考えれば、別になんていうことのないものなんだよ」
子供は手を打った。コレオーネの説明は実に明快であり、ツカサにはそれはとても愉快なことであった。
「じゃあ、宇宙船は?ずっと昔の人が描いた宇宙船と宇宙飛行士の絵は?」
「昔の人だって宇宙を旅する夢を見たんだ。それだけのことだよ。自分たちも宇宙に行ってみたい。その夢を絵にしただけのことなんだ。それはほんの二、三百年前の人達が『宇宙に行きたい』って映画を作ったりマンガを描いたのと同じ事だよ。彼らは人間が空を飛べないことを知っていた。けれど、何か機械を利用すれば空を飛べるだろうと想像したんだ。それだけのことなんだよ。だから全然おかしなことでも奇怪なことでもないんだ。昔の人が今の人よりも劣っていたなんてことはないし、今の人のほうが昔の人よりもずっと偉いってわけではないんだ。今の人も昔の人も夢を見ることはできるんだよ。何故なら夢を見るのにはお金も技術も必要ないんだから」
そうか。子供は納得した。子供がジュリアーノのことを好きな理由にいつでも明確な答えが返ってくるということもあった。子供が迷った時に、バルカの王はいつでも実にきれいな切り口で答えを見せてくれるのだ。子供は、そこでようやく本題に入る糸口を見つけた。
――それでは、ヒビヤツカサというオーパーツもまた偏見から生まれたのだろうか?
子供の問いは、それほど難しいものではなかった。
「ねえ、ジュリアーノさん、ボク、もう一つ聞きたいことがあるんだ」
「なんだい?」
「ボクはどうやって生まれたの?」
コレオーネはふんと頷いた。
「ボクにはお母さんはいなかったの?」
「いや、いたよ」
バルカの指導者は割合に簡単に言った。
「ジュリアーノさん、知ってるの?」
「ああ。知っているよ。君のお母さんはヒビヤキョウコさんという人だったんだよ」
――ヒビヤキョウコ。
子供にとっては初めて聞く名前であった。
「どんな人なの?今どこにいるの?」
「今はもういないんだよ。君が生まれてすぐに亡くなられてしまったからね」
子供はがっかりした。せっかく母親の名前が判っても死んでしまっていてはどうすることもできない。けれどツカサは残念ではあったけれども淋しいとは思わなかった。最初から無かったものなのだ。最初から持っていないものは無くしようがない。
「それじゃお父さんは?」
ツカサは訊ねた。
「お父さんも死んだの?」
コレオーネはちょっと言い淀んだ。指導者にしては珍しいしぐさであった。
「……そう。亡くなられた」
――そうか。やっぱり死んじゃったのか。
子供はある程度納得した。自分が石から生まれた訳ではないことを知って安心したのだ。
「でもどうして死んだの?」
「事故に遭われたんだよ。列車の事故にね」
「電車の事故か」
列車の事故ならば仕方がない。子供はそう思った。ツカサは、コレオーネに教えて貰った自分の経歴に深刻な精神的な痛手を負うことはなかった。繰り返しになるが子供はもともと、自分というものをこんなものなのだろうと受け入れている部分があった。彼にとっては、初等学校のクラスメイト達に説明ができればそれで最低限満足だったのだ。コレオーネは子供の表情を見ながら話を続ける。
「キョウコさんは、私にとって義理のお姉さんにあたる人だったんだよ」
「ギリー?」
「義理というのは血のつながらないお姉さんってことさ。ツカサ君のリサみたいなにもんさ」
子供は首を縦に振った。コレオーネの説明は少年には容易に理解できた。もっとも、子供のイメージとコレオーネの抱くイメージとは僅かに食い違いがあったのだが。
「君のお母さんはとても綺麗な人だったよ。頭も良かった。いつも歌を歌いながら台所に立つんだけれど、料理はとても下手くそだったんだ」
「そうか」
子供は神妙な顔で答えた。
「優しい素敵な人だったけれど、頑固な人だった」