二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

バルカ機関報告書

INDEX|14ページ/42ページ|

次のページ前のページ
 

 コレオーネは褒めているのだろうか?子供は、指導者の表情に違和感を感じていた。ジュリアーノは今まで誰かを語る時にそのような表情を見せた事があっただろうか。普段ぼんやりしているツカサにしては珍しく鋭い観察であった。けれど子供にとってはそれが精一杯の観察であった。これがリサだったら、ジュリアーノの心理のもう少し奥深いところにまで入っていけたかもしれない。リサは直感に優れ、相手の考えていることをその表情から瞬時に見分けることのできる娘であった。そして同時にとてもませた娘でもあった。だから、もしも彼女がこの場に入れば、ジュリアーノとツカサの母親がいったいどういったものであったのかもっと詳細に理解できたことだろう。だが実際にはリサはその場にいなかった。そして、ツカサは結局、次のようにしか理解できなかった。
 ――そうか。ジュリアーノさんとボクのお母さんは知り合いだったんだ。
 「明日にでも君のお母さんのお墓に行くことにしよう」
 ジュリアーノ・コレオーネは静かに笑った。

 翌日。ツカサは生まれて初めて自分の母親と対面することになった。もっともそれは熱い抱擁も接吻も無い何ともわびしい親子の再会であった。ツカサの母親はアルビオンの北にある広い墓地の一角で子供のことを待っていた。薄曇りの空の下、白い墓石の表面を露に濡らしていた。墓は時折誰かが訪れているらしく、綺麗に掃除がなされていた。普段コレオーネと一緒に行動しないリサも、どういうわけか、その日はツカサについて墓地にやって来ていた。彼女もまたツカサと同じように自分のルーツを気にしているのだろう。子供達は言葉も少なく、そしてジュリアーノ・コレオーネもそれは同じであった。白い墓石にはどういうわけか名前は刻まれておらず、その代わりに百合の花のレリーフと墓碑銘が刻まれていた。ツカサは、その銘を言葉に出して読んでみた。
 『私が本当に愛した人々の墓』
 ゴシック体でそのように刻まれた銘がいったい誰の手によるものなのかということをツカサは気にもとめなかったが、上の姉は明敏にそれがジュリアーノ・コレオーネによるものだということに気がついたようである。
 「さあ花を」
 コレオーネは言った。子供達は持ってきていた小さな花束を白い墓石の前に献じた。祈りは無かった。ジュリアーノは特定の宗教に入信していなかったし、子供達は祈るということを知らなかった。三人はただ、墓の前で僅かに首を垂れただけであった。彼らは跪かなかったけれど、それだからといって彼らが死者をないがしろにしているというわけではなかった。彼らは死者がポーズよりも自分達を心の片隅に止めておいてくれることのほうを望んでいることを知っていたのである。

 幕間 ホットドッグとコーヒーという簡素な晩餐

 コレオーネの使いがエレナが逗留するホテルに迎えに来たのは五時を三十分ほど過ぎた時分のことであった。
 ――こちらへどうぞ。
 使いにやって来た女性は市の職員ということであったが、彼女の動きには一部の隙も無く、軍か、軍に準ずる機関で訓練された人物であることはエレナも容易に想像ができた。
 ――これが影を縫う者か。
 エレナはそのような組織がコレオーネの直属にあることを思い出していた。特殊な訓練を受けた彼らはつまるところバルカを守る番犬であった。彼らはバルカに敵対する者に容赦の無い攻撃を加えこれを根絶するという。もっともエレナは、政府から派遣された査察官であり、これに影を縫う陰気な連中が危害を加えるという恐れはなかった。恐らく。いや、多分。女性職員はエレナをホテルの地階にまで連れていくと、そのままここで査察官をリムジンに乗せた。エレナを乗せたリムジンはそのまますぐに動き出し、ホテルを出てアルビオンを南北に貫く幹線道路に上った。
 ――いったいどこに連れていくのだろう。
 区庁舎に連れていかれるとばかり思っていたエレナは、リムジンが庁舎とは全く違う方向に向かうのに僅かに不安を感じた。すでに太陽は西の空に沈み、街路には白い明かりが灯り始める。
 ――どこに行くのだろうか……。
 リムジンは幹線道路を十分ほど走ると広い公園の前で止まった。
 ――こちらへ。
 女性職員はエレナをそう言って公園の中へと導いた。
 港湾の一部を開放した親水公園には人の姿はまばらであった。波止場には白い船体を持つフェリーが二隻停泊しており、数人の作業員がフォークリフトで物資の積み込み作業をしているところてあった。
 ――いったい区長はどこに?
 エレナは、自分を連れてきた職員に訊ねようとしたが、彼女がそのように聞こうとした時には、つい先ほどまでそばにいた女性職員の姿は消えていた。
 「……」
 僅かに困惑して、女査察官はあたりを見回した。そして、エレナは割合早く彼女が会うことになっていた人物の姿を公園の中に見つけた。コレオーネは柔らかい色をしたガス灯の下にあるベンチに座っていた。青年は黒いスラックスの上に黒いソフトジャケットを羽織っていた。
 「やあ、やって来ましたね?」 
 区長は笑った。そして笑いながら警戒しているエレナに紙袋を一つ押しつけてきた。紙袋はエレナの手に僅かに暖かかった。査察官が袋を開けてみると中からホットドッグとコーヒーの紙コップが出てきた。
 ――これが夕食?
 エレナはあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れるよりも先に笑ってしまった。
 ――これが?
 フルコースを出せと要求するいわれはないが、それでもエレナは政府の代表である。学生のランチでもあるまいにホットドッグはないだろう。
 ――ふざけるな!
 もしも査察官がエレナのかわりに頭が固くなった連合の議員だったら、この場面で激怒して脳の血管の一つも切れていることだろう。そうなればバルカの指導者はホットドッグ一つで人間を殺せるということで大いに箔をつけることになるのだ。もっとも幸運なことにそのような惨事は起こらなかった。エレナは彼女にセクハラを迫った上司を始めとする実際の能力以上にいばり散らす中年から老年にかけての議員連よりも、形式をどこか小馬鹿にしたような若い権力者のほうがどうも肌にあっているようなのである。あるいはエレナが査察官に選ばれたというのは連合の政府にとって大変なミスチョイスであったのかもしれない。
 「さ、どうぞ」 
 区長は悪びれるでもなく笑ってベンチを指さした。エレナは言われるままにベンチについた。
 「さて、何から話しましょうか」
 バルカの王は言った。
 「そうだ、今朝、貴女とは別に七人のお客さんが連合政府からやって来たのですよ。ご存じでしたか?」
 「お客、ですか?」
 エレナは首をかしげた。バルカの王の言っていることにいま一つピンとこなかったのである。
 ――どういう事?
 バルカ王はホットドッグをかじりながら続ける。
 「そう。貴女が表の査察官ならば、彼らは裏の査察官といったところでしょう」
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮