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バルカ機関報告書

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 青年はつまらなそうに語った。そして、そこでエレナはジュリアーノの言いたいことが理解できた。連合政府は正規の査察官、表の顔としてエレナをアルビオンに派遣する一方で、特殊任務を抱いた工作員、つまりスパイをアルビオンに同時に送り込んだのだ。陰陽両面から情報を収集するのは情報戦の基本である。
 「それで、そのお客はどうなったのですか?」
 エレナは絶望的な気分で聞いた。
 「全員お引き取り願いました」
 区長はあっさりと言った。
 「……殺したのですか?」
 エレナは僅かに声を震わせた。
 「私は人の命の重さを知っています。どんなに低劣な人間であっても命は命です。どんな人間であれ命の価値はみな一緒なのです。もっとも死亡時の保険金の額にはそれぞれ差がありますがね」
 区長は軽く笑った。
 「彼らについては潜入の計画の段階からおおまかな情報を握っていました。どのような人物がどこからどのようなルートでアルビオンに潜入するのか。彼らは全員アルビオンに上陸して五分以内に拘束されています」
 ジュリアーノは淡々と言った。
 「何もかもお見通しというわけですね」
 エレナは観念した。バルカの王にははったりもかたりも通用しない。恐らくコレオーネはエレナがアークスに侵入したことも知っているのだろうし、彼女が多くの情報を手に入れたことも知っているのだろう。エレナはそこで率直にこう訊ねた。
 「それでは、私がアークスと接触をしたこともご存じですね?」 
 ジュリアーノは笑って頷いた。
 「もちろんです」
 エレナは、紙袋の中からコーヒーの入った紙コップを取り出して、一口すすった。かくなる上は腹をくくってバルカの王とぶつかるしかない。小細工は一切通用しない相手なのだ。
 「……どうして、あのようなことをしたのですか?」
 「あのようなこと?」
 「私に、パスワードを与えた。どうしてですか?」
 アルビオンの法王は笑った。
 「貴女が仮に情報を手に入れたとしても、貴女はそれをどうすることもできない。それが判っているからです。真実があったとしても、それを見て、理解する人がいなければ意味がありません」
 「……」
 「仮に、貴女が連合政府に情報を持って帰ったとする。けれど、その情報が生かされることは絶対にありません。その意味は貴女にもお分かりでしょう」
 エレナは目を閉じた。彼女にはジュリアーノの言おうとしていることが理解できた。エレナが仮に情報を持ち帰ったとすると、連合政府は、それこそとてつも無い騒ぎになるだろう。議員同士は誰がバルカのシンパで誰が敵対勢力かということで大混乱することになるだろう。情報を持ち帰って困るのはバルカではなく連合の議員達なのだ。と、なれば、エレナがせっかく手に入れた情報も全て闇に葬られる公算が非常に高い。臭いものにはふたをする以外にない。そうすればみんなハッピーなままでいられるし、それだからといって不都合もない。それが政治的な解決というものである。
 「……けれど、それだからといって、私にバルカの秘密を教える必要はなかったのではありませんか?」
 エレナは聞いた。
 エレナの得た情報が確実に日の目を見ないことは判った。だが、それだからといって何もエレナに秘密を気前良く教える必要は無かったのではないか。エレナにはそのように思われたのである。
 「そんなことはありませんよ。秘密を共有すれば連帯感が生まれる。つまり、貴女と私達の間にです」 
 「おっしゃる意味が判りません」
 「私達の理解者は多いほうが良いってことですよ。あなたは出世するでしょう。あまりにも秘密を知り過ぎた貴女を連合政府は粗雑に扱うわけにはいかないのです。連合は貴女が集めた情報を無視することと引き換えに戻ってきた貴女を大い出世させるはずです。貴女は司法省の初代女性長官になり、しかも二十代で長官になった最初で最後の人物になるでしょう。そして私達は優秀な行政官を友人に得るのです」
 バルカの王はぼそぼそとホットドッグを食みながら言った。つまりはこういうことだ。バルカはエレナをに恩を売ることによって懐柔しようとしているのだ。
 「私が貴方の友だちになるとは限らないのではありませんか?私にも自由意志というものがあります」 
 エレナは胸を張って言ったが、それだからといって彼女は取引を持ちかけらたことに腹を立てているという訳ではなかった。人は評価をされればそれなりに感じるものがあるはずなのだ。たとえ評価をしてくれた相手が悪魔だったとしてもである。コレオーネはすぐに切り返した。
 「貴女が貴女のセクハラ上司の肩を持つとは思われません」
 バルカはエレナの個人情報も十分に入手している。もしかしたら、バルカはエレナが査察官になるように工作をしたのかもしれない。遠く海上をタンカーがゆっくりと航行している。
 「私が査察官に推薦されたのはバルカによる某かの裏工作があったのですか?」
 エレナはバルカ王に訊ねた。彼女もだんだんとコレオーネとの交渉に慣れてきた。つまり、枝葉末節は捨てて、聞きたいことをそのままずばりと聞くのだ。コレオーネはその問いに笑ってこう答えた。
 「さて。どうでしょうか。けれど私はこれまでに入省二カ月の司法省の職員が直属の上司を人事院で弾劾したという例を聞いたことがありません」
 「……」 
 バルカ王は続ける。
 「私達は貴女のことをとても評価しているのです」
 コレオーネはエレナの問いにイエスと答えたのだ。
 「それでは、もう一つ伺いたいたいのですが」
 エレナは言った。
 「何か?」
 「セシリアで見つけたというオーバーテクノロジーの件。あれは本当のことなのですか?」
 コレオーネは悪戯の相談をする表情を作った。
 「見に行きますか?」
 「見に行きますかって……」
 「実物をです。星の残り香。はるか昔に人間を作った神の残した遺物」
 「人間を作った?」
 エレナは訊ねた。コレオーネは笑うと、ホットドッグの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
 「査察官殿、参りましょう。アルビオンで一番、どうでも良い場所へ!」  
  
 一度は忘却され、そして老いたる時に思い起こされる時代の話
 
 ツカサはジュリアーノ・コレオーネが平素いったいどのような仕事をしているのか知らなかったが、彼が多忙であるということは良く知っていた。若いアルビオン区長は月曜日から金曜日までの五日間は朝の七時に庁舎に向かい、白い家に帰ってくるのは深夜であった。土曜日や日曜日は大抵は家にいるが、時々は仕事が入って休みが潰れることもあった。そして新聞には、この若い区長の顔写真とコメントがしばしば掲載された。
 ツカサが活動的な子供であり運動が好きな子供であったら『父親』にあまり遊んで貰えないことを不満に思ったかもしれない。だが子供は本を与えて貰うことを一番喜んでいたし、アニス婆さんの世話もあったので日常生活にも困らなかった。だからコレオーネの不在にツカサが不満を言うようなこともなかった。察するに父親というものはいつでもいる必要はなく、子供が必要としている時にだけおればよいという学説は正しいようである。
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮