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バルカ機関報告書

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 「自分の子供だから嫌いだったんじゃないかな?自分の一番嫌な性格だけを選って膨らませたような子供がいたら私もちょっと困ると思うよ」
 青年は軽く笑った。
 「だけど結局の所、私が後継者になった。他に代わりがいなかったんだ。好き嫌いなんか言っていられなかった」
 青年は笑った。信号が青になり、四ドアのハードトップは再び走り出した。
 「父親はどうしても後継者を決める必要があった。私の父親は年をとってしまったうえに心臓にひどい病気を患っていたからね。そういうことなんだ」
 青年は静かに娘に語りかける。
 「私も父親の後を継いでアルビオンの区長になるとは思っていなかった。大学では政治学のクラスに入っていたけれど、さっきも言ったように、全然授業には出ていなかった。だから成績は滅茶苦茶だったよ」
 「でもアルビオンの区長になった」
 「そう。なるべき人がならずに、なると思っていなかった人がなった」
 青年は自分のこれまでの数年間を振り返ったのだろう、あいまいに笑ってこう言った。
 「世の中は生きていればいろいろなことがある。思いもよらぬことが起こるのが人生さ。本当だよ。人間、無くすはずの無いものを無くすこともある。けれど、拾うはずの無いものを拾うということだってある。そういうもんなんだよ」
 青年はいったい何を拾ったのだろう?リサは義理の父親の横顔をぼんやりと見やった。
 「何が起きるか判らないのがこの世の常なんだよ。だから喧嘩をしても構わない。友達と仲違いしたって構わない。友達が友達でなくなってしまうのは、とても寂しいことだけれど、そういうこともあるんだ。誰が悪いわけでもないのに、そういうことが起こってしまう。それはしかたがないことなんだ」
 「ジュリアーノさんも、友達が友達じゃなくなったことがあったの?」
 「あるさ。それもとびきり困った経験がね。友人だと思っていた奴に裏切られたことがある。そのせいで、とてもひどい目にもあった」
 「ジュリアーノさんと、そいつとどっちが正しかったの?」
 リサは聞いた。
 「どっちも自分が正しいと思っていたんだ。そして、お互いに間違いではなかったんだ。いいかい、世の中には正しいことはいくらでもある。私が正しいと思うことと君が正しいと思うことは多分違うだろう。十人の人がいれば十の正しさあり、百人いれば百の正しさがあるんだ」
 車外をぽつりぽつりと雨が降り始める。ジュリアーノは車のハンドルの脇にあるスイッチに触れた。ワイパーがゆっくりと動き出し窓の向こうに小文字のMの字を描き出す。
 「正しいことがいくつもあるなんておかしい。そんなのは正しいことじゃない」
 リサは不平を言った。コレオーネは笑った。
 「そう。その通りだ。だから、いくつもある正しいことを本当にたった一つの正しいことにする方法がある。それは勝つことだ。正しいことが勝つのではない。勝つことが正しいことなんだよ」
 「勝つことが正しいこと……」
 リサは、コレオーネの言葉をぼんやりと呟いてみた。その言葉は彼女の唇に実に心地よく馴染むものであった。そして若い政治家はそんな娘を戒めるようにしてこう続けた。
 「ただし、覚えておかなければならないことがある。それは勝つことがとても悲しいことだということだよ」
 「勝つことが悲しい?そんなことは変よ」
 「いいや変なことではないよ。私は勝ったことによって私を裏切った友達を裁判所で裁かなければならなかった。彼は彼にとっては正しいことをしていた。けれど、それは、とても乱暴なやり方だった。そのせいで大勢の人が死に、怪我をして、そうして不幸になった。だから、どうしても彼らを裁かなければならなかったんだ。そうしなければ、みんな納得しなかった。私はそんなことをしたくはなかった。何故なら、私も彼がそうしなければならない理由というものを理解していたから。彼は、やり過ぎたけれど、そうしなければならないだけの差し迫った事情があったんだ。けれど私は彼らをどうしても裁かなければならなかったんだ。そこで私はたくさんの人間を刑務所に送ったんだ。たくさんの人間が刑務所で死んでしまった」
 「悪者を鉄砲で殺したの?」 
 「……そう。鉄砲は使わなかったけれどね。そして、私がそのように決断したために、とても多くの人が悲しい思いをすることになったんだ。良いかい、正しいことは必ずしも幸せなことではないんだよ。そのことは君ももうすでに判っていると思う。正しいことがみんなのためだとは限らないんだ。そして人は正しいことをするために生まれてきたのではないんだよ。人は幸せになるために生まれてきたんだ。みんなが幸せになるのであれば、少々の間違いは構わないと私は思っている。みんながハッピーならば正しいことにとららわれる必要なんかどこにも無い。もっとも、そう考えていても不幸な事件は起こる時には起こってしまうのだけれどね」
 青年の微笑みはひどく苦いものがあった。
 「ただし、これは私だけの意見だよ。リサ、君には君の考えがあるだろう。それを大事にすると良い。ただ、もしも自分のやっていることが間違っているかもしれないと思った時には、他に私のような考え方もあったのだということを思い出してくれればそれで良いんだよ」
 青年はそのように話を締めくくった。そして、その時には少女の心の中の不満の半分はどこかに消えてなくなっていた。

 リサとクラスメイトの話はこれで終わるというわけではなかった。生徒達は事態がのっぴきならぬことになったことは知っていたが、実はその状況の恐ろしさの半分も理解していなかったのだ。彼らは、リサとツカサがアルビオン区長の被保護者であるということを知らなかったのだ。そして、彼らの両親はと言えば、ただの一人の例外もなくバルカの関連企業で働き、それで生活をしているのだ。彼らは知らないで自分のボスの令息を半殺しの目に合わせていたのだ。これは、子供達にとってよりも、彼らの両親にとって戦慄すべき事態であったに違いない。彼らはアルビオンの区長の権限を知っていたし、彼の手腕の凄じさも知っていた。かくして、子供達の代表として、リサを殴り飛ばした少女とその両親が、その日のうちに白い垣根のある家に詫びをいれにきたのである。リサを殴り、ツカサを病院送りにした少女の両親は真っ青になっており、それこそ息をすることも難しいぐらいの半死半生の体となっていた。ジュリアーノは、そんな先方に、
 ――子供達には子供達のルールがあります。それは私達が口をはさむべきことではありません。
 と言った。そして、
 ――こちらにも原因があるのです。謝るのはこちらのほうかもしれません。怪我も大したことがなかったのですから。このことはこれでおしまいにしましょう。
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮