バルカ機関報告書
と笑って、全てを丸く収めてしまった。リサは相手が謝罪に来たことで自尊心を十分に回復することができたが、それだからと言って養父の威光をかさに着て尊大な態度をとるということもなかった。そうすることがいけないことなのだということを少女は賢明にもわずかな間に学んでいたのである。義理の父親から帝王学を学ぶ少女は、神妙な顔をして育ての親と友人とその親に頭を下げた。ようやくそこでもめ事の全てが解決することになったのであるが、肝心のツカサのほうはと言えば、一時的な記憶障害のせいで、何が自分の身に起こったのかすら綺麗さっぱりに忘れてしまっていたのだ。
幕間 白銀の翼セラミックの心
星の残した遺物へと通じる道への入り口は、親水公園のすぐそばにある二十一階建てのビルの地下にあった。洗練された窓の大きなビルはオフィスとして利用されており、七時近くになっているというのに、窓には明かりが灯り、外からは中で働く人々の姿が見てとれた。青年は当然の権利のようにビルの中に入ると、六つあるエレベータの一つに乗り込んだ。エレナ・ゴールドウィンもその後についていった。バルカの王はにこやかに笑うと、エレベータのコンソールのうえにある文字盤の数字のボタンのうえに手をやった。
「六、四、九、三、五、八、八、開閉開閉開開閉と」
青年はボタンを軽やかに、そして意味不明な順番で叩いた。青年が全ての暗号を叩き終わると文字盤の数字の光が赤から青へと変わった。それから扉が閉まり、エレベータがゆっくりと下降するのがエレナにも判った。
――B1、B2……。
入り口の表示では建物は地下二階までとなっていたが、エレベータはさらに下り続ける。恐ろしいほどの深さであった。
「地下七〇メートル。大深度にラボがあります」
コレオーネは言った。
「このオフィスは、区の福祉課が使っているものです。職員は、ここが地下の入り口であるということを知りません」
青年は笑った。
「人間は知らない間に大きな秘密を踏みながら生きているのです」
エレナは答えなかった。やがてエレベータが止まった。そこが旅の終点であった。 「さあどうぞ。ここが私達の先祖が残した遺産の隠し金庫です。あいにく彼らは遺言を残しませんでした。残しておいてくれれば、私達の歴史ももう少しも違ったものになっていたのですがね」
青年はそう言って査察官を誘った。エレベータの外は驚くほど広い空間が広がっていた。銀色の金属でできた壁面と床。そして、その向こうには用途不明の機材類。実験装置の数々。そして……。
「あ、あれは?」
エレナは乾き切った声で言った。エレナの視線の先には巨大な物体が横たわっていた。横たわるというよりも地面に半分埋没していたとするべきだろう。ちょうど船のドックのように一段低く掘り下げられた空のプールの中に、異常としか形容のできない正体不明の銀色をした物体がうずくまるようにして駐まっていた。それも一つではない。三十、いや、五十。それ以上。大変な数の鋼鉄の怪異が地下工場でまどろんでいた。
「あれが新鋭戦闘機。R―GLAYというコードを持っています」
「……あんなものが飛ぶのですか?」
エレナは率直に言った。それほど新鋭戦闘機の形状は異常であったのだ。異星人達が遺した知識をもとにした新鋭戦闘機は航空力学を全く無視したようなデザインであった。航空機であれば必ずあるはずの主翼も尾翼も無い。機体はアルミインゴットを組み合わせただけのような武骨で滑らかさも優美さも持ち合わせぬ奇妙なものであった。
――こんなものが本当に飛ぶのか?
エレナは航空機の権威ではなかったけれど、そのような疑いを容易に抱くことができた。それほど新鋭の戦闘機のデザインは滅茶苦茶なものであったのだ。
「飛びます」
「壊れないで?」
エレナはまだ疑っていた。
「壊れません」
「本当に人が乗れるのですか?」
「設計上はそのようになっていますよ。もっとも、私は遠慮させてもらいますけれどね」
エレナは不思議そうな顔をして、一番そばに駐機している機体に近付いた。遠目にも異常な機体は、近くで見てもやはり異常であった。教会の尖塔を繋ぎ合わせたような機体は、どう控えめに見ても、世紀の発明というよりは錯乱者の妄想であった。
「こいつは一種の重力兵器なのです。飛行する時は重力場を機体のまわりに展開するのです。言ってみればバリアーを張りながら飛ぶわけです」
青年はそう説明してから慌ててこう補足した。
「あんまり深くつっこまないで下さいよ。私も、実は良く判っていないのです。今の話も設計した技師に聞いて、何となくそんなものだろうと私が勝手にそのように認識しただけですから。だから細かいところを突き詰めていけばどこかで必ず間違っているでしょうし、もしかしたら、最初の第一歩から事実を誤認しているかもしれませんから」
とつけ加えた。エレナはあまりに適当な説明に不安そうな顔を作った。
「そんなので大丈夫なのですか?」
自分のところで作っている製品のことについてそれほどの認識しかないというのは、指導者としてまずくはないか?エレナはそのように思ったのである。
「大丈夫ですよ。もとより張り子の虎です」
青年は自嘲するように言った。
「張り子の虎?」
「兵器というものは基本的に道具です。それ以上でもないしそれ以下でもない。実は新兵器というものは、みんなが思っているほどには意味を持っていないものです。戦車、飛行機、生物兵器、核、エネルギー兵器。さまざまな新兵器が作られ、その度に全世界の人々は世界のルールが変わると考えました。確かに戦術は変わりました。それは否定しません。けれど、兵器が人の世を根本的に変えてしまうということはないのです。新兵器を持つということは人の殺す手段が一つ増えたというだけのことであり、そして、人間というものは、どんなに世界が汚れようとも、その汚濁の中でも生きていたいと思う生き物だからです。どんなあくどい人間でさえそうです。どんな卑劣な人間でも生きていたいと思う。そういう生き物の集団に武器を持たせれば、彼らは殺し合いをするでしょう。けれど、彼らはどんなに最悪の場合であっても自分達の種を根絶やしにすることだけは本能的に避けるのです。種族全体に不思議なリミッターがかかるのです。どんなに高度な技術を手に入れても、人間の本質は変わりません。悪い意味でもそうですし、良い意味でもそうです。だから、ここに眠る戦闘機達がどれほど優れた性能を持っていたとしても、結局はそれだけのことでしかないのです」
エレナは軽くうなずいた。
「けれど、そうは思わない人もいる。それは、こいつを作った連中です」
バルカの王は続ける。
「査察官殿、洗濯機を一番必要としているのは誰だと思います?それを使う奥方連ではありません。彼女達は実は二番目にそれを必要としているのです。では、誰が一番洗濯機を必要としているのか?それは電気屋のセールスマンなのです」
アルビオンの権力者は苦笑して言った。