バルカ機関報告書
「この戦闘機を作った連中にしてみればこいつは自分の子供同然です。自分の子供だから実際以上の能力を喧伝する。ま、事実、こいつはとてつも無い化け物ですがね。たったこれだけの機体に最新鋭のユリウスクラスの装甲巡洋艦に搭載される主砲と同等のレーザー兵器を搭載し、しかも、エネルギーの変換率はこれまでの兵器のそれの実に七百パーセント増しとなっています。重力カタパルトを利用した恒星間飛行にも対応していますし、地球からスピカまでの超長距離を無補給で飛ぶことすら可能です。抜群の旋回能力を有し、現存する地球上のどんな機体よりも優れた上昇力を持ちます。理論上ではこの一機で一バトロン、つまり宇宙軍の一個艦隊と対等に渡り合えることすらできるのです」
「そ、そうなのですか?」
気が遠くなるほどに凄じい新鋭機の性能にエレナは目まいを起こした。けれど、そうであってもバルカの王が新鋭戦闘機を見る眼差しは冷たかった。
「でもそれだけのことです。ただそれだけのことなのです。確かに太古文明の遺物をサルベージしたわけですから、そういう意味では、この兵器は大変なものです。けれど、けれどですよ、これはやはり兵器でしかなく道具でしかないのです。出所は関係ない。道具は道具でしかありません」
バルカの王は断固として言った。そして、エレナのほうも少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「……一つ伺ってもいいですか?」
「何か?」
「バルカはこの機体をどのように用いるつもりだったのですか?」
エレナは続ける。
「連合に納入するためとは思われません。かと言ってただの実験とも思われません。実験にしては規模が大きすぎるように思わます」
五〇機近い戦闘機、それもいつでも実戦に投入できるような状態にある機体を秘密に保持するのはいったいなぜか?エレナの疑問は至極まっとうなものであったと言える。
「やはりバルカ自身を護るための切り札、ですか?」
「いいえ。もっと大きな仕事のためです」
青年は静かに言った。
「もっと大きな仕事?」
「そう。大きな仕事です。全銀河規模の大事業ですよ」
青年は言った。エレナは僅かに恐れを感じてこう聞いた。
「それはバルカが世界支配に乗り出すということですか?」
一個艦隊に相当する武装を有する機体が五十機ということは、五十個艦隊の戦力ということである。連合の保持する艦隊は十四。しかも、そのうち本当の意味で純粋に戦艦クラスの艦艇だけで構成されたバトロンはたったの二つに過ぎない。さらには連合の艦隊は九、十、十一、十三と四つが欠番となっている。何が言いたいかと言えば、ここにある五十機をもってすれば連合の保持する艦隊などそれこそ何度でも殲滅することができる勘定になる、ということなのである。彼らが本気になれば連合の支配など造作も無い。エレナにはそのように思われた。だがコレオーネはイエスとは言わなかった。
「バルカはすでに世界を相当部分我がものとしていますよ。全てではありませんがそれでもかなりの部分でね。連合の法人税も四半世紀近く一銭も払ってませんしね」
コレオーネは法律の専門家をからかっているようであった。
「……かつては、と、言っても十年ぐらい前ですがバルカの十人委員会の中にも名と実を一致させるべきだといったような不遜な考え方をするものがいました。闇から政治家を操るのではなく、自分達の手で連合の権力を奪取しようというのです。もっとも今はそのような人々はいませんからご安心を」
今はいなくてもこれからは再び現れるのではないか?エレナはそのように小さな疑いを持ち、そのことを質問にしてバルカの王にぶつけてみた。コレオーネの答えは次のようなものであった。
「仮にそういう輩が現れても結局うまくいきません。理由は簡単ですよ。何千億といる人々をたった五十万の人々で支配するのは物理的に不可能だからです」
「バルカの王ともあろう方が随分と謙遜をするのですね」
エレナはやんわりと嫌味を言った。彼女はアークスに接触することでバルカの力の一端を垣間見ているのだ。そしてエレナは連合の指導者の多くがバルカの金の力の前にあっさりと屈服していることを知っていた。コレオーネは『相当部分』と言ったが、エレナに言わせればそれは『全部』ということになるのだ。だが、バルカの王は続ける。
「査察官殿、勘違いをされては困ります。権力というものは究極的には、全ての人々がその存在を認めるからこそ生じるのです。連合の全ての人の総意こそが権力なのです。それは今も昔も変わりません。共和制は人々がそれを望むから共和制になるのでする。独裁は人々がそれを望むから独裁になるのです。人間はとても柔軟な生き物です。彼らは自分が生きていくために自分が暮らす社会を簡単に変えていきます。社会もまた一つの道具であるからです。バルカという組織もまた人々が許容するからこそ存在し得るのです。一つの恒星を切り開き沃土とするのは大事業です。個人では絶対に為し得ない難事業です。バルカの存在が人々に意識無意識に係わらず許されるのは、人間の生存圏の拡大に絶対的な強権が不可欠だという認識があるからです。逆に言えば、私達が私達の分を越えて行動し始めた時には私達の存在は人々によって破滅に追いやられるでしょう。バルカが今日あるのは自分の分を弁え、何千億の人々の総意という大きな波を巧みに乗りこなしてきたからです。そして、そのことは、私の後継者達も理解してくれると私は信じています」
「……そのようなあなたのご意見は希望的に過ぎるのではありませんか?」
「私達は私達の子供達を侮るべきではありません。私達がこの舞台から去った後のことは、私達の後の世代に任せればいいことです。そして、私達が理解できることならば、彼らもまた理解できるのです」
コレオーネは自信を持って言った。エレナは必ずしも納得しなかったが、取りあえず疑問を疑問のままに留保した。彼女は訊ねるべきことが山積していた。
「……それではもう一度伺います。いったい何のためにこの兵器はあるのですか?」
エレナは訊ねた。強力な武装を保持しながら、それで政権を奪取するという意思しは無いという。それでは、そのような強力な兵装は何のために存在するのか。
「格好良い言い方をすれば世の中のためです」
「バルカが世の中のことを考えているとは思われません」
エレナの直截な皮肉にバルカの王は目を丸くした。それから彼はこう言った。
「もちろん必ずしもバルカは利他的ではありません。バルカはボーイスカウトの引率でもなければフルーツケーキを売って歩くボランティアでもないのです。けれど、世の中が栄えれば私達もまた栄えるのです。世の中がほころびれば、私達も無傷ではすまない。だから、世界を良くするということは私達にとって決して無駄な努力ではないのです」
ジュリアーノ・コレオーネは言った。女は僅かにうなずいた。
「……世の中を良くするとはあまりにも抽象的に過ぎるのではありませんか。具体的に言うとそれはどういうことなのですか?」
エレナは訊ねた。
「査察官殿、政治趨勢理論というものをご存じですか?」
「は?」