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バルカ機関報告書

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 フローラは自分の答えに長身の黒人の少年がぐったりとなり、そしてそばにいた黄色い肌をした東洋系の少年がニヤっと笑ったのに怪訝な顔をしたが、その理由については彼女は知る由も無い。
 眼鏡をかけた髪の長い少女は優しくそしておとなしい外見そのままの文学少女であった。
 ――そうか。本が好きなのか。
 ツカサは相手が自分と同じような趣味を持つことを嬉しく思ったが、それだけのことだった。
 ――いったいどういう本が好きですか?
 ――どういう詩を書くのですか?
 ツカサとしてはいろいろと聞きたいことがあったのだが、とうとうその時は聞くことができなかった。体の小さなツカサは他の男子生徒との激烈な生存競争に敗れ、話の輪からすっかり弾き出されてしまっていたし、また仮にフローラのそばにいられたとしても、あがってしまってうまく喋れなかったことはほとんど間違いなかったのだ。少年はただ遠くから少女を見つめるばかりであった。
 
 いつもならばツカサは困ったことがあるとコレオーネのところかアニス婆さんのところに持っていくのであるが、新しい転入生のことをツカサが白い家で語ることは無かった。照れ、というほど明確なものではないが、自分のプライバシーをおおっぴらに語ることに恥じらいがあったのだ。ツカサは新しいクラスメイトのことを黙っていたし、彼女について自分がどういう感情を持っているかも誰にも語らなかった。もっとも、ツカサの異常については、コレオーネもアニス婆さんもすぐに知る所になった。何故ならば、ツカサが隠そうにも上の姉は恐ろしく明敏で、弟がどうやら好きな子ができたらしいということを簡単にかぎつけてしまったからである。
 ――あんたんところに転入生が来たんだって?
 小さな学校だから、転入があれば年度が違っても判ってしまう。リサは、何げなくそのように弟に訊ねたのだが、弟の返答が何となくいつもと違う。
 ――うん。まあ、そう。
 弟は言いよどんだ。そして弟の反応は、姉がすでに入手していた、
 ――転校生は可愛い子だ。
 という情報にただちに結びつくことになった。
 ――怪しい。
 歯切れの悪いツカサの様子に、鋭い姉は弟がどのような事態に陥っているかをすぐに理解した。
 ――そうか。はーん、なるほど。
 僅かに意地の悪いところのある姉は、困っている弟をさらに困らせるようにして、弟の初恋を乳母の前でも義父の前でも暴露してしまった。
 ――ツカサのクラスに新しく転入生が来たのだが、ツカサはこの子が好きなようだ。
 姉のひどいからかいに弟は顔を赤くしておたおたするばかりである。
 ――そんなことないよ、そんなこと絶対にないんだよ。
 ツカサはもみ消しに躍起になったが、弟が躍起になったぶんだけ姉は大喜びで弟のことをからかうのである。
 ――あんたにガールフレンドなんかできるわけないじゃん。クラスでも一番チビなんだから。
 ツカサは姉のひどい悪罵に最後は泣きそうになった。だが、ツカサの秘密を知った養い手達は、リサと一緒になって小さな子供をからかったりはしなかった。
 ――そうかい。それは良かったねえ。
 アニス婆さんはそのように笑っただけであった。そしてコレオーネの反応はと言うとこれが奇妙なものであった。
 ――フローラっていうんだって。その女の子。フローラ・チェンっていうんだよ。
 リサが語る最新の情報に、コレオーネは首を僅かにかしげた。
 ――こんな時期に?
 バルカの王は、このような時期に急に転入があったということに合点がいかないようであった。それに加えて彼にはもう一つ気になることがあるようであった。
 ――チェン?チェン、チェン、どこかで聞いた名前だけれど、はて、どこだったっけ?
 若い区長は、そのようにぶつぶつと呟くだけで、ツカサが女性を初めて好きになったということには特別の興味を示すようなことはなかった。人が人を好きになるようなことは実際のところ珍しいことでもなんでもないのだ。

 ツカサが転入生と言葉をかわせるようになるまでにはそれからかなりの時間が必要だった。フローラと言う美少女は譬えて言うならば遊園地の人気アトラクションであった。彼女と会話をして楽しい時間を過ごそうとする男子生徒は列をなして並んでおり、一時間待ち二時間待ちは当たり前であった。男子生徒達は眼鏡をかけたこの美少女と何とか仲良くなろうとさまざまな駆け引きを戦い、熾烈な暗闘を繰り広げた。誰がフローラと昼食を一緒にとるかということは大問題であったし、誰が下校の際のエスコートをするかということは重力カタパルトの耐用年数問題に勝るとも劣らぬ一大事であった。放課後に誰が彼女と遊ぶか主導権を握るかも当然のように争いの種となった。そして肝心のツカサはというと、ジェットコースターの列に並ぶことすらできなかった。何故ならば彼は身長制限に完全に引っかかっていたからである。つまり、男子生徒の誰一人としてツカサを一人前の男と見なしておらず、また、クラスメイト達が思っている通りにツカサは、愛らしい少女を前に何をして良いのかさっぱり判らなかったのだ。少年が少女と初めて言葉を交わすのは、フローラが転入してきて一週間ほどして、クラスメイト達が落ち着いてからのことであった。
 
 ツカサの通う初等学校には小さな図書室があった。図書室には自習用のブースがあり、そこではマイクロフィルムに転写されたさまざまな蔵書を読むことができた。図書室の書架にはマイクロチップに収められたデジタル書籍だけでなく、普通の蔵書も揃っていた。少年は、モニターで見る書籍があまり好きではなかったので――何となく細かいところを見落としてしまうような根拠のない不安があったのだ――いつも紙の本を選って読んでいた。ツカサが初めて眼鏡の少女と言葉を交わした日の午後も、少年は図書室で本を呼んでいた。
 ――海賊キッド船長の略奪に関する記録。
 少年はそのようなタイトルの本を読んでいた。タイトルからは生硬な匂いがするが、古い時代の海賊の研究を簡単にまとめたもので子供でも十分に読むことができるものであった。
 ――僕も海賊になりたい。けれど、どうすれば海賊になれるのだろうか?
 ツカサはぼんやりと思った。ツカサの基本的な精神構造は施設にいたあの時からほとんど変わっていない。
 ――どこに行けば海賊はいるのだろう。エアンネス港に行けば会えるだろうか?
 アルビオンの港には古い時代の英雄の名前が冠せられていた。子供は時々アニス婆さんやコレオーネと港に面した親水公園に行くことがあった。けれど、そこでグロッグでべろべろになった船乗りや、ピストルを持ち肩ににオウムか猿を乗せた義足の船長をツカサが見たことは一度もなかった。少年が見るのはフェリーにコンテナを運ぶ実につまらない作業員の連中だけであった。
 ――あんなのは……あんなのは駄目だ。
ツカサはフォークリフトの免許を持っていることだけが取り柄の、たかが数クレジットの週給のためにちまちまと働く小市民に大いに幻滅して首を横に振った。
 ――あれは海賊ではない。あんなのは駄目だ!
 アルビオンには真に男らしい海賊はいないらしい。少年はいろいろと考えて、やがて次のような結論にたどりついた。
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮