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バルカ機関報告書

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 翌日。ツカサはいつもよりも一時間も早く目が覚めた。目が覚めてしまったのである。男というものは極端に愚かな生き物で、好きな女性ができたというそれだけのことで必要以上に張り切ってしまうものなのだ。ツカサは十歳いくつかを足したほどの年齢でしかなかったが、年齢はこの際全く関係無い。男は生まれた時から男であり、くたばるその瞬間まで男なのだ。つまり愚かしさは一生涯を通じて直らないとうことである。
 ――あらまあ、随分と今日は早いんだねぇ……。
 いつもならば目覚めた後も暫くの間は死んだ魚のような目でぼんやりとしているツカサが朝から目を輝かせる様子に、アニス婆さんは驚いたようである。それはコレオーネも同じであった。
 ――どうしたんだい今日は。
 登庁前に、薄いコーヒーをすすっていた青年は、薬物でもやっているように意識をはっきりと保ち過ぎた子供を不審がったものである。それほどツカサは不必要に張り切り過ぎていたのである。
 ただいつものように、勘の鋭い姉だけは、弟の身に何が起こったのかを明敏に嗅ぎ取っていた。
 ――ははーん、こいつは多分、新しいクラスメイトの娘と何かあったな……。
 姉にしてみれば弟ほど行動の読みやすい相手はいないのだ。単純過ぎるのである。リサは、そのように推測すると同時に、絶大な自信と若干の侮蔑をもって次のように確信していた。
 ――このちびの恋が実ることは絶対にない。何故ならば、姉の目から見てツカサには男性としての魅力が全く無いから。
 ツカサにしてみれば、全ての女性がリサと同じ嗜好を持っているとは限らないではないかと反論したいところであり、実際に姉に指摘されれば、そのように抗弁をするはずであった。
 ――みんながみんなリサみたいに意地悪じゃないんだよ!
 ツカサにはツカサの言い分があったのだ。けれど、リサとツカサではどちらが物事を正確に把握するかと言うと、これは間違いなく直感に鋭い姉であった。弟のほうはいつもどこかぼんやりとしていて、人間の心理の深いところにまで入っていけないのだ。そして、姉弟のどちらが正しいかについてはすぐに明らかになった。

 「おい、ツカサよお」
 ツカサは初等学校に登校すると同時に、レオンとグエンの二人の友人のおもしろくなさそうな顔を拝まされる羽目となった。少年達はあからさまに不機嫌であり、不満気であった。ツカサは友人達が何故そのように不貞腐れているのかが判らなかった。
 「どうしたの?いったい……」
 ツカサはハッピーであり、不幸な人物の愚痴を許容するだけの鷹揚さがあった。生まれついての帝王というものは、本当の意味では帝王では無いのだ。幸せな時を過ごしていれば乞食だってこの世での真の帝王なのである。この時のツカサはまさに帝王であった。零落し病苦に苦しむ罪人の懺悔を聞く金持ちの司教のような心境であった。だが、根拠の無い驕りなどというものがいずれ剥落というのもまた事実なのである。
 「算数王、言ってやれよ……」
 俺は語るに耐えん!黒人の少年はそう言いたげに首をきつく振った。そして、グエンのほうはといえば肩を落として、こう言った。
 「フローラにボーイフレンドができたんだ」
 「……ええ?」
 ツカサは訊ねた。 
 「まあ、おまえには関係無いことだけれどさ」
 グエンは言った。彼も含めて クラスメイト達は誰一人としてツカサのことを転校生の争奪戦に参戦しているとは思っていないのだ。ツカサとしては不本意なことである。
 「相手は誰?」
 ツカサは事態を全く理解できないまま聞いた。
 「誰がボーイフレンドになったの?」
 「マクリンの糞野郎だ」
 レオンは本当に悔しそうに言った。
 「あいつ口ばっかりうまいからなぁ……」 
 震える拳、真っ白になるまで噛み締められた唇。グエンの怒りは相当なものだ。一方、レオンのほうは人事不省の一歩手前である。
 「やっばり、楽器が弾けないというのが駄目だったか……」
 グエンが語ったマクリンという名前の少年は、金髪をしたなかなかの美男子であった。ギターが得意で、歌も上手だということをツカサも知っていた。
 「あの子、音楽に興味があるんだってさ。それで、もうあっという間だよ」
 グエンはつまらなそうに言った。やはり彼の算数の成績は今回も何の足しにもならなかったのだ!
 「あーあ」
 「駄目だったか……」
 友人達はひとしきり怒り、悔しがるとその後はため息のつき通しである。少女のまわりから男子生徒の姿が消えたのは、ブームが去ったからではかったのだ。そうではなくてただ単にボーイフレンドが固定したというだけのことだったのだ。だが、ツカサは、そのように説明をされても、自分が初恋の相手をさらわれたということを理解できなかった。
 ――そんなことがあるんだろうか?
 ツカサは思った。いや、そんなことは大いにあり、あるからこそレオン達は悔しがっているのだが、ツカサにはそのあたりのことがよく判っていない。
 ――どうして?
 失意よりも何よりもまず疑問である。実際のところツカサにそのような疑問を抱かれる転校生にしてみれば迷惑な話である。だが、それでもツカサは気落ちするよりもう何よりも不思議に思うばかりなのだ。
 ――どうしてそんなことになったんだろう?
 転校生の少女とは昨日になってようやく初めて会話をしたばかりである。これから、相手のことをいろいろと知ろうと思っていた矢先のことではないか。あまりにも釈然としない少年は考えに考えた揚げ句に、次のように勝手にしかも希望的に事態を解釈した。
 ――そんなことがあるとも思えない。

 ツカサはその日、教室内で転校生と話をする機会に恵まれなかった。だが、子供は言葉は交わさなくても転校生に時々、視線を送っていた。眼鏡をかけた愛らしい転校生は噂のあるマクリンという少年とは時々話をするぐらいで、二人が特に仲が良いようにも見えなかった。
 ――レオン達の言っていることは間違いだったんだ。
 ツカサは外見からの判断で、勝手に、しかもあっさりとそのように結論付けてしまった。人間というものは思い込んでしまえば、地獄だって天国になるのだ。ツカサは友人達の言うことを信じないで自分の眼を信頼したのである。もっとも、本人は自覚が無いが、子供は勘にひどく劣っているのだ。そしてそのことが証明されるのは、すぐの放課後のことであった。授業を終えたツカサは、さて家に帰るかと、大きな鞄を抱るようにして学校の正門に向かった。そこで子供は、転校生が一人、ぼんやりと立っているのを見かけたのである。
 ――あの子だ!
 子供は、レオン達のもたらした情報を誤報と断じており、だから精神的に落ち込むというようなこともなかった。ツカサはそこで、昨日と同じように印刷屋の話でもしようと、少女のほうに一歩を踏み出した。子供にとってそれは大きな一歩であった。だがツカサの第二歩は無かった。不意に後ろからやって来た金髪の少年がツカサのことを追い抜いていった。
 ――あれは……。
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮