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バルカ機関報告書

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 ツカサは多分、少年が誰でも必ず一度は通る、年上の女性への憧れをエレナに抱いたのだろう。エレナにしてみれば、自分がそのような少年の大人へ一歩の手助けをしたことに何とも面はゆい気分になったが、それだからといってそれが不愉快だったわけではなかった。少年の憧憬の対象となるということは女性にとって優れた名誉になるべきものであったからである。エレナの目から見たツカサ少年は、ぼんやりとした子供であり、強い姉がいるせいでかとても優しい性格の持ち主であった。査察官はこの少年のことをとても愛らしいと感じていた。一方、姉のほうは弟とは違って、気丈な性格の持ち主であった。なんというか、生まれ落ちたその瞬間から『大人』であったかのようなそんな人物であった。努力を怠らず、常に正しいことをしようと最善を尽くし、大人であるエレナとも対等な立場で物を語りたがる傾向があった。そして、エレナは、リサという少女に子供だったころの自分を見ているような錯覚を覚えたものである。
 ――そう、私も、多分こんなふうだった。
 エレナは決して天才肌ではなかった。生真面目な努力家であった。それはそうする他にやりようがなかったからであったが、そのおかげで結果としてキャリアを手に入れたのだ。彼女はそのことに何の疑問も持っていないが、それは他人から見ればしんどいことであったろう。そのしんどい娘が興奮した様子でホロヴィジョンの前で叫んだ。
 「見て、ジュリアーノさんよ!」
 リサとしては自分の興奮を何としても人にねじ込みたいようであった。エレナとツカサはそこで、ゲームを中断して急いで部屋の中に入った。アニス婆さんもキッチンから出てくると居間のソファに座った。リサの言うとおり、ホロヴィジョンには、馬蹄形をした連合議会の大会議場が映し出されていた。議会は議員達で埋め尽くされ、彼らが話す私語により議場は耳障りにざわめいていた。ジュリアーノ・コレオーネは大会議場のちょうど中央、U字型の議席の真ん中の証人席に座っていた。証人喚問はリサがホロヴィジョンのスイッチを入れたまさにその時に始まったばかりであったようである。
 「ジュリアーノさん大丈夫かな……」
 ツカサはアニス婆さんのすぐ隣に座ると、不安そうに呟いた。それに姉が答えた。 
 「大丈夫に決まってるじゃない!あんなうそつきの政治家達にジュリアーノさんが負けるわけないわ」
 姉は贔屓の引き倒しであり、何の根拠もないままに断言した。子供達も自分の育ての親が極めて危うい状況にあることを知っているのだろう。エレナも居間のソファに腰を下ろすとバルカの王の弁明にしばし耳を傾けることにした。やがて、ざわめきを遮るように槌の音が議場に響いた。それが連合議会の議長による異端審問の開始の合図であった。議員達のざわめきが僅かに大きくなり、やがてそれも静まった。
 ――証人は起立を。
 議長は言った。
 ――あの議長もバルカの資金援助を受けていたな。
 エレナは白髪頭の連合議長の懐具合を思い出していた。彼は彼の有力な資金供給源に自らメスを入れようとしているのだ。少なくとも表面上は。と、老人の言葉に応えてホロヴィジョンの青年は立ち上がった。
 ――証人、名前と職業は?
 議長は甲高い声で人定をした。
 ――ジュリアーノ・コレオーネ。職業はアルビオン特別区の区長をしています。
 ――それでは証人は宣誓を。
 カメラが遠すぎて視聴者には判らないのだが、どうもコレオーネは薄く笑っているようであった。エレナも苦く笑った。何が宣誓だ。実にくだらない形式主義であり馬鹿馬鹿しいことである。そんなことをしなくてもコレオーネは真実を語るし、そして語ったところで彼はちっとも困らないのだ。むしろ困るのは議員達のほうではないのか?
 ――私は連合憲章にかけて真実のみを語り、偽証のたぐいを排することを宣誓します。
 コレオーネは笑っていたが、それでも彼が連合の手順をないがしろにすることまではしなかった。青年は宣誓をし終えるとさっさと着席した。
 ――それでは証人質問を開始します。
 連合議会議長は言った。二十三世紀の異端審問が始まったのである。審問の指揮を執るのは日頃からバルカという組織を問題視する一部議員達であった。彼らは火あぶりが大好きなローマ教会の連中ほど偏屈というわけではなかったが、悪質さでははるかに教会に勝っていた。そして教会の人間がまがりなりにも持っていた信念は無く、また必ずしも結束しているというわけでもなかった。反バルカ議員達には、バルカの存在を連合内の害悪と考えている人々もいれば、もっと根源的に秘密結社というものを生理的に嫌う者もいた。バルカの自分への献金が少ないことへの恨みを持っている者もいれば単に場の雰囲気を読んでポーズだけで反バルカの姿勢をとるものもいた。あるいは、バルカの子飼いで、バルカにそう仕向けられて――自分の子飼いに金を掴ませて、その上で雇い主である自分の非難をさせるという必要性がどこにあるのか、エレナには全く理解できないことなのだが――バルカのシナリオ通りに反バルカ包囲網に与するものもいた。もっとも、そのような裏の事情を知っているものは、これは連合の中にあっては皆無であった。唯一、アークスに接触したエレナだけが、議員がどこに属しているかを知っているのだ。議員達はバルカの内実も知らなかったが、お互いの腹の内を詳細に知っているというわけではなかった。彼らは、というよりも人間は誰しも目隠しをしたまま世界という名前の舞台で道化を演じているのだ。
 ――それでは伺いますが。
 議員の一人から声があった。質問に立った中年の議員は、エレナの得た情報によれば、バルカから全く献金を貰っていない脛に傷の無い人物であった。
 ――あなたはバルカという組織をご存じですか?
 ――知っています。
 議場がざわめいた。バルカという組織の名称が公になったのはこの時が初めてであったからである。
 ――あなたとバルカの関係を話していただきましょうか。
 ――バルカという組織を束ねるのが私です。
 ――それはバルカの最高意思決定機関である十人委員会の頂点があなただということですね。
 ――そう考えていただいて結構です。
 バルカの王は淡々と言った。彼があまりにも隠し立てをしないのに議員達は僅かに混乱しているようであった。
 ――それでは別の質問をしましょう。バルカという組織はいったいどのような組織なのですか?
 ――ひとことで申し上げるのは難しいですが、強いて言えば、全人類の幸福のために働く機関であるとできましょうか。
 議員達の一部から失笑が漏れた。彼らは誰一人としてバルカのことを慈善事業だとは考えていないようである。そして、その見解は完全に正しかった。
 ――全人類の幸福のため?
 ――いかにもその通りです。私達はさまざまなものを知識を利用して作り上げます。重力カタパルトや新型の宇宙戦艦、惑星を作り変えることすらできます。私達は人々が欲しいと願うものを知恵をもって作り出すのです。あなたもきっと私達の作ったものからなにがしかの恩恵を得ているはずですよ、議員殿。
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮