バルカ機関報告書
コレオーネは笑い、質問する議員は茶化されたことに腹を立てた。そして、それを見る一視聴者であるエレナは、審問をする議員がライヴ中継が始まったその時点ですでに敗北していると確信していた。コレオーネは謎の秘密結社の頭目であったけれど、若くて、人々の好感を十分に得られる容姿の持ち主であった。ジュリアーノ・コレオーネはとりたてて良い男というわけではなく、また堂々たる体格の持ち主という訳でもなかったが、それでも実に洒脱で人の心を掴む魅力のようなものを持っていた。人々に、この人物ならば権力を与えても良いのではないかと思わせる何かがあったのだ。人間という生き物は気まぐれであり、権利を得るのに血みどろになる癖に、好き嫌いという単純な基準で簡単に権利を誰かに与えてしまうのだ。コレオーネはその気まぐれな人々を油断させるものを持っていた。秘密結社バルカのことを良く知らないままに恐れていた市民の多くが、ホロヴィジョンの中継を見ることで、
――なんだ、結構良い奴じゃないか。
と、心変わりするだろうとエレナは考えていた。何のことはない。異端審問を受けることでバルカはある人々の不信感を解消しているのだ。それも広告費は議会持ちで!
――それでは質問を変えましょうか。ここに私達が独自に手に入れた資料があります。
議員は紙束を掴んで頭の上で振り回した。議員の間に小さなざわめきがあった。
――これは、アルビオン区長、あなたの区に本社を置く資本金が五千万レアルを超える企業の財務内容を示すものです。これによれば、あなたのアルビオン区の企業のほとんどが法人税の支払いに関して実に不愉快な操作が行われていることになります。この点についてどう思われますか?
議員の詰問にコレオーネは苦笑いを浮かべた。
――どう思われるも何も、私は自治区の長であって、自治区に本社を置く企業の財務内容についてまでとやかく言う権限はございません。
脱税は企業が勝手にやっているのであって、自分は知らない。ジュリアーノ・コレオーネはそう突っぱねたのだ。だが議員のほうはそれでは納得しない。
――アルビオンの企業のほとんどがバルカ関連企業であり、つまりはアルビオンを影から牛耳るあなた達の指示を受けることで活動をしているのではありませんか?だとすれば、あなたもこの脱法行為に関して責任があるのではありませんか?
議員は詰め寄った。そしてバルカの王はやんわりと言い返した。
――憶測で物を言うのはやめてください。
議員は、恐らく自分の糾弾が荒っぽいものであると認識していたのだろう。彼は割合にあっさりと自説を取り下げた。
――判りました。それではこの件についてはひとまず置いておくとしましょう。
――まだ私に関して何か重大な疑惑があるようですね。
ジュリアーノ・コレオーネがからかうように言ったことに、議員はむっとなった。そしてこの時はさすがに議長が割って入った。
――証人は議員を愚弄するような発言を慎みなさい。
コレオーネは軽く頭を下げ、質問が再開された。
――税金に関する疑惑については後ほどゆっくりと聞くことにして、アルビオン区長、あなたにはもう一つ聞きたいことがあります。その前に、ここに集まる皆さんと有権者である視聴者の方々に聞いて頂きたいものがあります。
反バルカの議員は言った。彼は、何か大きな証拠を握っているらしい。やがて彼は、背広の内ポケットから小さなメモリレコーダを取り出した。カード型のレコーダには最大で四十八時間の音声を記録保存することができた。皮肉なことにこれはアルビオン区に本社がある電気メーカーの製品であった。
やがてレコーダーが動き始める。内容は男が二人会話をしているというものであった。
――……先生(議員の名前はノイズで消されている)の一票がどうしても必要なのです。
――それで私の価格というものはいくらなのかね?
――二十万レアルではどうですか?
――知っているよ、……(名前はノイズで消されている)の票はもう少し値段が張ったと聞くが。
――そうでしたか?
――実は孫が再来年には大学に進学することになってね。いろいろとこちらも物入りなのだよ。
――判りました。それでは二十五万レアルということで。どうでしょうか……。
――これからもよろしく頼むよ。
レコーダーの内容はそこで途切れた。議員は続ける。
――これはさる議員とバルカ系企業に関係するロビィストの会話を録音したものです。名前はプライバシィの保護ということで敢て伏せさせて頂きました。
議会の中にどよめきが起こった。議員がバルカにあからさまに金品を要求する場面が録音され、しかもライヴ中継で公開されたのだ。狭い業界の話である。議員達は、声の主がいったい誰なのかすぐに判ったようである。
――さて、これをどのように説明しますか?アルビオン区長。
爆弾を手にしたまま質問の議員はそのように質問した。
――説明をする必要があるとは思えませんね。
アルビオン区長は静かに言った。そして質問する反バルカ議員は、コレオーネのその答えが罪状の全てを認めたと判断したようであった。
――議長ならびに議員諸氏。そしてこの映像を見る全ての連合市民の皆さん。これが事実です。バルカという秘密結社に牛耳られたアルビオン区は、自分達が作った大小さまざまな企業を用いて、連合議員を買収し、議会に圧力をかけ、国政を自分達に都合のいいように動かしているのです。バルカは金銭に物を言わせてこの宇宙を自分達の好き勝手に動かしているのです。彼らの行為は民主主義に対する重大な挑戦であり、私達はかかる事態を見過ごすことはできません。私達はバルカとその責任者であるジュリアーノ・コレオーネを国家に対する重大な反逆の罪で告発します!
議員は叫び、そしてその声に会場はばらく静まり返った。やがて、あちこちから拍手が聞こえてきた。エレナが思っていたよりもずっと拍手の数は多かった。それを聞くコレオーネは別段慌てた様子を見せるわけでもない。
――議長、バルカの指導者に対する処断の是非を問う表決を御願いします!
反バルカの議員は言った。そしてそれをホロヴィジョンを通して見るエレナは露骨に嫌な顔を作った。こうでもしなければコレオーネを裁けないというのは判るが、議員達のやっていることは法律を度外視した違法行為である。反逆罪ということは、最低でも終身禁固という重罪である。そのような犯罪を裁くのに多数決を用いようなどとはいくら反バルカとはいえ行き過ぎとしか言いようが無い。だいたい彼らの採決にいったいどのような法的な根拠があるというのか。少なくとも連合の憲章には議会が罪人を裁くことを禁じる条文は存在していないが、それだからといって、彼らが司法の権限を振りかざして良いというわけではない。それは法曹の任であり、彼らの行為は明からに越権になる。
――まさか、本当に採決に持ち込まれるようなことはないでしょうね。
エレナはそのように考えた。いくら何でも、そこまで彼らは非常識ではないだろう。エレナはそう信じたかった。だが、査察官の常識は議員達の常識ではなかったようである。