バルカ機関報告書
――それではバルカの王の背信に対する票決を行います。
本気なの?当然のことのように議長が言ってのけたことに、エレナは開いた口が暫く塞がらなかった。まさか生きているうちに魔女狩り裁判を見ることになろうとはエレナも思わなかったのだ。議員達は自分達が何をしているかわかっているのだろうか?エレナと一緒にホロヴィジョンを見る子供達は心細そうな表情でエレナのことを見上げている。一方、エレナのほうも子供達と同じように不安になり始めていた。アルビオンの区長はいったい何を考えているのか。彼は連合の全てを牛耳っているのではなかったのか。もしも議決の結果、彼が処刑されるようなことになったらどうなるのか。
緊迫した空気に議会も、そしてそれを見る視聴者も凍りつく。
と、エレナ達が連合市民の注視の集まる中、状況は最終局面を迎えることになった。
――票決をとります。バルカの指導者ジュリアーノ・コレオーネを反逆罪で処断することに賛成の諸君は起立を御願いします。
議長の言葉に議員達は一斉に立ち上がった。反バルカの議員はもちろん、バルカに厄介になっている連中も全ての議員が一度にその場に起立した。バルカは連合によって一瞬にして破滅に追いやられた。いや、そのように見えた。だが、ここで事態は二転することになった。立ち上がった議員達のうち何人かが、そのまま議会から足早に立ち去って行ったのである。それも一人や二人ではない。数百人単位の議員が無言のまま去っていったのだ。彼らはほとんどが殖民星の系統の議員であり、バルカの助けがなければ干上がってしまう人々の代表であり、そして宗主国である地球と微妙な利害関係を持つ人々に選ばれた議員達であった。
――やられた!
反バルカの議員達は、当初、何が起こったのか判らなかったようである。だが、それも最初の数秒のことであった。そして、彼らが全てを理解した時には、何もかもが取り返しのつかないことになっていた。議会はしばらくの混乱が続き、それが収拾した時には、議決権を持つ議員の半分近くが議場から消えていた。
――過半数の人間がいるのか?
エレナはホロヴィジョンに映し出される議会の様子を見ながら、残された議員の人数を目で数える。もしも過半数の人間がいなければ、バルカの王を多数決で破滅させることはできないのである。議員達もそのことは判っている。どこに誰がいて、何人残っているのか、そのことを明らかにしようと、残された議員達が議場の中を走り回っている。怒号と罵声が飛び交う会議場はもはや修羅場の一歩手前であった。そしてアルビオンの区長は、まわりの喧騒のことを窓外の雨でも見るようにぼんやりとしていた。
――流石……。
エレナは、そんなコレオーネを面白そうに見つめていたが、やがて、状況を理解できていない子供達に、こう言って聞かせたものである。
「アルビオンの区長は、あそこにいる他の誰よりも立派な人なのよ。だから絶対に恐ろしいことなんかないの」
子供達はエレナの言葉に小さく頷いただけであった。
やがて、議場での頭数の調査も終わったのだろう。どうやら退席した人数を引いても辛うじて過半数以上の議員が残っていることが議員達にも判ったらしい。議会内は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
――それでは改めて採決を……。
議員達がそのような姿勢を示した時のこと。状況は三転することになった。やっと落ちつき始めていた議会の一部が急に再びざわざわとざわめき始めたのである。
「どうしたんだろう?」
ツカサはエレナに聞いてきた。どうしたのと問われてもエレナにははっきりと判らない。ただ、彼女は議員達が会議をしている時に、重大な事件が起こった時は、臨時のメモが議員達の間に回されることがあるということは知っていた。
「何かあったのね……」
「何かって?」
ツカサはエレナに訊ねた。
「さあ。それは判らないわ。けれど、きっとコレオーネさんにとってはとても良いニュースだと思うわ」
エレナは言った。果たして、査察官の勘は正しかった。彼女の勘の正しさを証明したのは議員達ではなくホロヴィジョンの放送局であった。臨時ニュースを伝える小さなチャイム音が響くと、画面にテロップが流れ始めたのである。
――ザキントスで暴動が発生した模様。
「暴動ですって!」
リサは叫んだが、テロップはそれで終わったわけではなかった。
――ナウプリオンで暴徒が兵器庫を襲撃した模様。
――キオスで市民が一斉に蜂起した模様。
――アレクサンドリアで大規模なストライキが発生。
――サロニカで住民が決起。市庁舎を破壊。
――ニコシアで港湾施設が爆破された模様。死者は十人前後
――モルトスの高等弁務官が乗っていた車が何者かによって爆破され、弁務官は絶命。
――イズミル連合駐屯地からの連絡途絶える。
――ロードス連合兵站基地が暴徒によって襲撃された模様。
凄い量のテロップであった。エレナはこのように異なるそれも重大な事件が時を同じくして起こり、一斉に事件を伝える文字放送が洪水のように流れ出すという様を見たことがなかった。
――これがバルカの王の言う仕掛けか。
議員達の間に回っている緊急の連絡のメモの内容は、各地で勃発したは反地球運動による被害を記したものであるに違いない。運動に動員された人数は恐らくは数十万を超えるだろう。彼らはバルカの王の直接、間接の指示を受けて一度に立ち上がったのだ。テロップでは暴動であり襲撃であり蜂起となっているが、実際は反乱であり大乱である。しかもこれまで日和見を決め込んでいた連中も、良い機会とばかりに反地球勢力に合流するだろう。連合という組織の根幹を揺るがす大反乱である。そして、議員達は一斉に燃え上がった野火に色を失っている。議員達は事態を鎮静化させるどころか、自分が鎮静剤を打ってもらう必要があったのではないか。勝負は決した。連合議員は負けたのだ。と、勝者であるアルビオンの法王、今や全銀河の皇帝となった男が席を立った。
――よろしければ発言を許して頂けますか?
あわてふためく議員達にジュリアーノ・コレオーネは穏やかに笑って言った。議長はそれを認めない訳にはいかなかった。青年は議会の中央の証人台の上に立った。そして、次のように言った。
――どうも、何か、困った事が起こったようですね。もし私でよろしければ力をお貸ししますが?
かくて静かに幕は下り今こそ真実は我が手の内に
エレナがアルビオンを再び訪れたのは、全星蜂起が起こってから半年ほどしてからのことであった。半年後の科学の街は、以前にエレナが査察官として乗り込んできた時に比べると、小さなところでいろいろと変化をしていた。エレナの宿泊先であったホテルの前の工事現場は白い壁を持つオフィスビルになっていたし、エレナがしばしば利用したコーヒーショップも模様替えがなされていた。前に訪れた親水公園にも遊歩道が新たに増設されていた。
――ここだけは良い方に変わっている。