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バルカ機関報告書

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 前回のアルビオン滞在日数はごくごく短いものであった。だがエレナはすでにこの都で迷い子になるということはなくなっていた。碁盤の目のように綺麗に道が走るアルビオンでは、右に折れ、右に折れ、さらにもう一度右に折れれば必ず元あった場所に戻るのだ。基本さえ覚えてしまえば何も複雑なことがあるわけがない。エレナ・ゴールドウィンはゆっくりとした足取りで大通りを北へと向かう。近くの初等学校生であろうか、子供が四人、エレナを追い越していき、街角を右に消えていく。科学の都に生まれた彼らはいったいどのような未来を生きるのだろう。元査察官はぼんやりとそんなことを思いながら歩き続ける。と。エレナの目の前が不意に開けた。深い青色をした海。前回、この街を訪れたときにには、エレナはその海はツインローターのヘリに乗って渡ってきたのだ。騒乱が下火になった今、穏やかになった海の上にはおそらくはラス・カサス港に入るものだろう大型コンテナ船が一隻、のろのろと行き過ぎるのが見えた。査察官はさらに歩き続ける。しばらく行くと公園の緑がエレナの目に入ってきた。エアンネス親水公園。公園は東の一部が一万トンまでの船が着岸できる港湾施設と広場になり――前回の訪問でエレナがコレオーネとホットドッグを食べたのはこちらの広場であった――、西には人工の海浜が設けられていた。東の施設は釣りが禁止になっているということは、立て看板に書かれており、だからエレナが行く先に戸惑うということもなかった。
 緑の木立を抜けると、そこはハマユウの花が咲く白い砂浜であった。波の音が間近に聞こえ、査察官は自分がその場にやってきた理由をしばし忘れたものである。エレナ・ゴールドウィンは失業中であったけれど、必ずしも観光でアルビオンを訪れたわけではないのだ。彼女にはまだ一つ、法王猊下に尋ねたいことがあった。それは……。
 エレナは遠くあたりを見回した。エアンネス人工なぎさにはあまり人の姿がなかった。騒乱のせいというよりは、もともとそういうものなのだろう。アルビオンは基本的に働くための街であるということは市長自らが認めるところではないか。犬を連れた老人がエレナのそばを通り抜けていく。そして、そこでようやく元査察官は目的となる人物を見出した。長い竿が三本、砂浜の上に並べられている。竿からは細いラインがまっすぐに海に伸びている。竿の傍には二人の子供がしゃがんであたりが来るのを待っているところであった。
 「ああ、あの子達は……」
 エレナは呟いた。白い家に厄介になったときに知り合ったドン・コレオーネの優秀な部下達。子供達は竿の先に括り付けられた鈴を眺めるのに真剣で、エレナのことまでには気がまわらないでいる。
 そして。かつての査察官は子供達のすぐ傍らに立って海をぼんやりと見つめている男性の姿をみとめた。バルカの王。銀河の主。本人はきっと謙遜して鼻白むだけであろうが、間違いなく彼こそが世界の中心にあるのだ。黒いソフトジャケットを脱ぎ、シャツを腕まくりした若い指導者は子供達と同じ方角をじっと見つめている。エレナは彼らに近づくことが僅かにためらわれたものである。何か理由があったわけではないのだが……。と。元査察官の背後から声があった。
 「お久しぶりですねえ」
 エレナが振り返るとそこには品のよい小柄な老女が立っていた。
 「貴女は……」
 エレナはその人物のことを知っていた。
 「ピットさん、その節はお世話になりました……」
 元査察官は笑って言った。ドン・コレオーネの乳母であり、子供たちの世話係である老婆はおそらくは子供達の弁当の類だろう。藤で出来たバスケットを抱えていた。
 「大変でしたねえ、いろいろと……」
 老婆の笑顔には邪気が無い。彼女は政府と機関の綱引きとつばぜり合いについて知っており、当然のように機関のことを応援している。ピット夫人にしてみれば職を辞したとはいえ、エレナは敵側の人間であるのだ。だが、老夫人は嫌味を言っているわけではない。連合版図に暮らす者であれば本当に大変な半年であったのだ。
 「全くです……」
 エレナは応えた。

 大波はバルカの王にも当然のように押し寄せていた。もっとも、世慣れた若い指導者は世間の荒波にも全く動じることはなかったが。
 証人喚問の後――。
 連合議員の中にはせっかく捕らえた極悪人を何としても処刑せねば気が済まないという偏屈なものが少なからず残っていた。彼らには面子があったし、また政治的な信条もあった。理想といっても良い。バルカという組織は彼ら議会こそが国家の中心にあるべきだという信念の持ち主とは基本的に相いれないものだったからである。偏屈な議員達してみればバルカは存在していること事態が連合をむしばむ純粋悪であったのだ。バルカ王が手の内にある本日本時にこれを抹殺しなければ連合に未来は無い。彼らはそう信じていたのである。ただ、実際に彼らがバルカ王にに某かの危害を加えることはなかった。反乱鎮撫の周旋仲介ができる人間を実利に鑑みて殺せなかったということもあるが、それよりも何によりも、バルカの王の周到な武威に慌てふためき、色を失ってしまったのだ。
 ――出撃した艦隊が奪取された。
 反バルカの最後の生き残り達は、自分達の面子を守るべく最後の反撃計画を議会そばのホテルの一室で練っている時にそのような一報を聞かされることにになった。大艦隊がそっくりそのまま敵方に奪われたという情報を議員達はなかなか信じようとしなかったが、それだからこそ事実を事実として受け止めた時の彼らの衝撃は大きかった。反バルカの長老とも言うべき老議員はおそらくはショックのせいでだろう。心筋梗塞を起こし、ホテルのロビーで昏倒することとなった。老議員は一命は取り留めたものの引退を余儀なくされた。反対勢力の壊滅した後、ジュリアーノ・コレオーネによる調停に抵抗するものもなくなった。ただちにバルカの王と連合議員達との間で直ちに協議が持たれそこで内乱収拾へ向けての対策が検討されることになった。
 ――殖民星への権限の大幅委譲。
 反乱を起こした殖民星の側はそのような要求を突きつけていた。聞こえは良いが、彼らの主張の内実はもっと切迫したものであった。反乱を起こした殖民星の言い分はもっと簡単に言うと次のようになる。
 ――金と食い物をよこしやがれ! 
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮