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バルカ機関報告書

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 そのような通称で呼ばれる聖櫃の防衛プログラムは、九十一通りの暗号を複数組み合わせた非常に精巧かつ凶悪なものであった。このプロテクトは、侵入をかけた闖入者の業の深さに応じた天罰を下すという事で知られていた。例えばもしも仮にエレナのような素人が既成の侵入プログラムを用いたする。だが、その場合には結び目は彼女が無知から罪を犯したと判断して黙殺するだけであった。だが、ハッキングをかけた人物の技術が高い場合には、結び目はにわかに狂暴な顔を見せることになる。高度な技術でハッキングをかけた者は結び目によって瞬時に身元を検索され、逆ハッキングをその端末にではなく彼の財産に受けるのだ。つまり、ハッカーの個人財産、銀行預金が攻撃にさらされ、一瞬にして口座残高がゼロになるのである。それではと、口座預金をゼロにしてから聖櫃に望むと、口座残高はゼロにはならずに、マイナスになるのだ。つまり口座取引を勝手に行われ、銀行から借金をしたように操作をされるのだ。それでも負けまいと口座を閉鎖してカミカゼ精神で聖櫃に突き進むとどうなるか?もっと恐ろしいことが起こるのだ。それはたとえば買ってもいない同じ型の椅子が四百個、家具屋から送られてきたり、同じ色をしたよく喚くオウムが二百羽ペットショップから送られてきたり、あるいは極めつけはアダルトショップからグッズがダンプで四台分も罪深い不埒者に送りつけられることになるのだ。それも代金引換で!かくしてハッカー達は自宅を椅子に占拠されて庭にテントを張り、鳴き喚くオウムの叫びに不眠症になり、ダンプ四台のアダルトグッズに呆然となるのだ。
 そのような凶悪でどこかとぼけた――恐らく、これはジュリアーノ・コレオーネの好みなのだろう――プロテクトをこじ開けるという奇跡を一人の女性行政官が起こしたのだ。では、いったいどのようにして?どのような技術をもってエレナ・ゴールドウィンは最高のハッカーをオウムの繁殖家に転向させた凶悪なプロテクトを解除したのか?答えは簡単である。彼女はバルカの総帥から貰ったIDカードに載っている登録番号をアクセス番号としてそのまま端末に入力したのである。そのようにすることに別に、深い意味があったわけでもなければ、確たる信念があったわけでもない。ただエレナは、他に何もすることができなかったのである。持参したプログラムは全て弾き返されてしまい、プロテクトを破るどころか、プロテクトが働くところにまですらもっていけなかった。エレナはもはやどうすることもできずに、半ばやけくそでコレオーネに貰ったカードの番号をパスワードとして打ち込んでみたのである。出来そこないの冗談であり、空しい努力であった。だが思いもかけず、この出来そこないのジョークが結び目をほどく鍵となったのである。
 「で、でもどうして?」
 エレナは不安そうに辺りを見回した。ホテルの部屋の中にはエレナのほかには誰もいない。
 「どうしてこんなことが……」
 ――どこにでも入れます。
 確かにバルカの総帥はそのようなことを言ったが、それを信じるいわれはエレナにはなかったし、それ以前に敵対勢力の人間であるエレナに、バルカの法王はそこまでの便宜をはかる必要など無いはずである。何度も繰り返すが、エレナは、八方ふさがりになって、それで冗談のつもりでコレオーネの用意してくれたIDナンバーを打ち込んでみたのだ。
 ――どうして?いったいどうして?
 エレナは簡単に言って不安にかられていた。どういう手違いがあったというのだろう?それとも罠?
 迷いに迷い、考えに考えてからエレナはようやく意を決した。彼女は職務を遂行しなければならないのだ。査察官は自分の喉のあたりを右手で摩るような動作をするとゆっくりと端末のキィに触れた。
 
白い垣根のある家 

ツカサ達がいた施設が突然閉鎖に追い込まれたのは、それからすぐのことであった。閉鎖の理由は、
――諸般ノ事情ニヨリ。
と言う、極めて曖昧なものであった。
もっとも、研究所で行われていたことは道義的に見て相当問題のあるものであったし、決定がアルビオンの最高決定機関、バルカの十人委員会によるものだったから、施設の閉鎖に表立って反対を唱えるものなどいなかった。
施設のスタッフ達は急な失職という、我が身に降懸かってきた災厄に、ただただ無様にうろたえ動揺するばかりであった。そして、それは彼らに養育される被験者と呼ばれる子供達も同じであった。
――オレ達はどうなるんだ。
大人達が深刻な顔でひそひそと話し合う姿を真似るように、子供達も中庭の片隅や遊戯室で不安な顔を突き合わせるようになった。だが浮き足立つ人々の中にあって、ツカサだけは割合に冷静であった。
ツカサは施設の閉鎖にそれほどの驚きはなかった。少年は、ジュリアーノとつきあって、若き指導者が施設に良い感情を持っていないということを十分に知っていたのである。
――この施設はいつか無くなる。じりあーのさんが無くしてしまうんだ。
ジュリアーノの口から施設について語られることはなかった。だが、それでも、この権力者が子供を実験に使う非公式の研究施設と、そこで働く科学者達を蔑んでいるらしいことは、何となく雰囲気で感ぜられたものである。
実際、施設の閉鎖が決ったのは、前アルビオン区長アンドレア・コレオーネが在職中に亡くなり、そのあとの選挙で、ジュリアーノが当選を果したわずか二週間後のことだった。

施設が無くなった後、子供達は、研究施設の受け皿となる新しい養護施設に移されていった。スタッフ達も何人かは、そちらのほうに異動となった。ただ、ツカサとリサの二人だけは、養護施設に送られなかった。理由は判らなかったが経緯だけはツカサにも判っていた。ジュリアーノの介入があったからだ。あるいはこういうことを横車を押すとも言う。
――彼らは、私が預かろう。
バルカの総帥が、じきじきにそのように指示したために、一番末の子供とすぐ上の姉は、他の十二人の兄姉達と別れて暮すことになったのである。
長い間一緒に暮して来た兄姉達と別れる事に、ツカサはそれほど淋しさを感じなかった。施設では兄姉達とは一緒に行動するということはそれほどなかったし、顔を合せれば合せたで突き飛ばされたり、馬鹿にされたりと、本当にろくなことが無かった。リサも、ツカサとそれ程情況は変わらなかった。姉達につまはじきにされたり、無視されたりと、とかく可哀相な目に会う事が多かった。そう言えば寝室も他の兄姉達が個室を与えられたのに、一番下の二人は施設閉鎖のその日まで相部屋であった。
――あいつら、余りもんなんだ。
兄姉達はしばしばそう言って、一番下の弟達の事を笑いものにしていたものである。もっともジュリアーノがやって来るようになってからは、情況も随分と変ったが。
いずれにせよ、ツカサには兄達と別れることにそれほどの苦痛もなければ、感慨も無かった。
 ――もう会うこともないのかもしれない。
 子供はぼんやりとそのようなことを考えていた。そしてリサのほうはといえば、
――あいつらと会わなくて良いなんて、今日は地球が出来て最高の日だわ!
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮