バースデー
手にはシャンパンとアメリカならではの蛍光色ケーキ。
周囲に気を配る癖が付いているアメリカはいち早くその人物に気付き、目を見開いた。
肩から背中を大胆に露出した薄紅色のドレスに紫色のショールを羽織り、月光を映したようなプラチナブロンドを高く結い上げた女性。
その整った顔は、綺麗に化粧され、見違えるようだったが間違いない。
「ベ――……」
まさに息を飲むような美しさにアメリカが名を呼ぼうとした瞬間、何を思ったのか彼女はアメリカの方へと倒れ込んできた。
「わっ」
アメリカはすぐに彼女の体を支えるように抱きしめる。
「だ、大丈夫か!?」
今の今までアメリカを非難することで必死だったイギリスも、女性が足を挫いたとなればすぐに切り替え心配してきた。
彼女はイギリスに顔が見えないように背けながら、アメリカを見上げてくる。
感情を映さないその目にアメリカの姿が映った。
(ベラルーシ……)
やっぱりそうだ、ベラルーシだ。
顔を彩る化粧は、昨日自分が与えた物だと気が付いて、ガラにもなくドキドキする。
化粧をせずとも綺麗な彼女だけど、化粧をした彼女は妖艶な美しさがあった。
しかし何故ここにベラルーシが、と思ったところで、アメリカは冷たい感触に気付く。
「……申し訳ない」
一度たりとも聞いたことがなかったベラルーシの謝罪。
何を意味するかはすぐにわかった。
アメリカの服には、ベラルーシがぶつかったときに付いた口紅の痕。
それだけなら格好良かったが、シャンパンに蛍光ケーキまでべったり。
「うわぁ」
見事な汚れっぷりにアメリカは感嘆の声を上げる。
そこで、女性の前でそんな反応するなとばかりにイギリスがぽかりと頭を叩いた。
そして「着替えて来いよ」と静かに耳打ちしてくる。
さすがにこの姿じゃ主催者として格好が付かない。
しかし、何でこんな事をとベラルーシを見ると、彼女の視線がアメリカの右手に映った。
そこには、イギリスに貰った誕生日プレゼント。
「まさか」
ベラルーシはアメリカから離れ、「とんだ失礼を」と呟くともう一度アメリカを見た。
全ての意図を察して、アメリカは苦笑する。
「これ、バースデープレゼント?」
アメリカの問いかけにベラルーシは「一方的に貸されるのは好きじゃない」と返してきた。
全く、こんな形でお返しされてしまうとは。
「そう、ありがとう。もう行って良いよ」
アメリカの服にこれだけ派手にシャンパンやらケーキやらぶちまけたのだ。周囲の視線が厳しくなってくる。
解放の言葉に彼女は目を細めて、美しい会釈を見せた後、去っていった。
「……全く、仕方ないなぁ」
アメリカは頭を掻いて、そして、ハンカチでケーキを拭ってくれていたイギリスを見下ろす。
「イギリス」
「おい、これ染みになるぞ、速く着替えて……」
「実はさぁ、ここ、今日のために建物だけ貸し切ったから、服とか置いてないんだよね。これ、一式揃ってる?」
彼がくれたプレゼントを掲げてみせると、イギリスは一瞬ぽかんと口を開いて、その後すぐに首を上下に振った。
「シャツからスーツ、靴まで入ってるからな、完璧だ!」
「靴まで入れたの!?」
「あと、サイズはお前のとこの人間に予め聞いてるから間違いないと思うぜ! プレゼントしたのに服が合わなかったなんて英国紳士の名が廃るからな!」
俺のためだからな! と言いながらも、そんな嬉しそうな目をされては、強がりも意味がない。
その表情に、なんだか胸がすっとする思いがして、照れくさくて顔を背けた。
「ま、イギリスのセンスだから古くさくて俺に合わないかも知れないけど」
「何だと! 俺はちゃんとアメリカのファッション雑誌買って調べたんだ! 着て驚け! 似合うに決まってる!!」
『だからそれは墓穴じゃないの』
『こまでするなんて馬鹿だなぁ』
普段なら、そう言ったところだろう。
しかしベラルーシのプレゼントを無下にすることも出来ず、珍しく、
「はいはい、ありがとう。役に立つよ」
と答えれば、イギリスが感動したように目を輝かせた。
(そんな顔、してくれるんだね)
お互い、素直さが足りないんだろうなと思いながら、アメリカは「じゃあ着替えてくるよ」と言い残し屋敷に入っていった。
汚れた服を脱ぎ捨てて、新品で皺一つ無いそれに袖を通すと、なるほどサイズはピッタリだ。
その上、
「何だこれ、カッコイイじゃないか」
悔しいことにアメリカの好みバッチリ。
鏡の前でポーズを決めながらアメリカはぎゅっと唇を引き締める。
ちゃんと自分のことを見てくれているんだとわかったような気がして、何だか無性に泣きそうだったから。
「アメリカさん、このシャツどうされます? これだけ汚れたら、もう着れそうにありませんけど……」
着替えを済ませてスタッフを中に入れると、蛍光色のケーキとシャンパンの染みがべっとり付いたシャツを持ち上げ処分を尋ねてきた。
アメリカはちちち、と舌を鳴らし指先を振って、
「口紅が落ちないように洗っておいて」
「え?」
「その口紅、気になる子が付けたんだ。だから記念にね」
目を丸くするスタッフにアメリカはおどけて芝居がかったウィンクを決めてから、
「頼んだよ?」
服を着替え屋敷を出ると、そわそわと右往左往してアメリカを待っているイギリスの姿が目に入った。
(……全く)
思わず緩んだ顔を整えて、いつもの笑顔に切り替えるとアメリカはイギリスに歩み寄る。
イギリスはすぐにこちらに気が付いて、アメリカの姿を確認すると花が咲いたように笑った。
「さすが俺の見立てだな!」
腕を組み満足げに笑うイギリスにアメリカは「大袈裟な」と肩をすくめる。
しかし、アメリカお得意の憎まれ口さえ聞き逃してしまうほどイギリスは嬉しかったようで、彼はアメリカの姿をマジマジと見つめ喜んでいた。
それがくすぐったい、とても。
「アメリカ、これ、渡してってお願いされたです」
それから程なくして、アメリカの前に現れたのはシーランド。
彼はフワフワと浮かぶ風船の束をアメリカに手渡す。
やたら紐が長い風船だ。
「なんだい、これ?」
「綺麗な女の人にお願いされたんですよ」
風船を受け取り首を傾げるアメリカにシーランドはお使いを完了したからかどこか得意げな顔で答える。
綺麗な女の人でピンと来たのはやはりベラルーシで、アメリカは周囲を見渡した。
「さっきのご婦人か?」
イギリスも、風船の送り主はさっきアメリカにぶつかった女性じゃないかと思い至ったようだが、彼女がベラルーシだとは気付いていない。
それもそうだろう。
彼は、いつも長い艶やかな髪を振り乱してアメリカの命を狙う殺気だった彼女しか見たことがないのだから。
美しく着飾り弱々しくアメリカの胸にしなだれかかった女性が同一線上に浮かぶはずがない。
面倒な事になるのが目に見えていたのでアメリカは先ほどの貴婦人の正体を口にせず、無言のままベラルーシの姿を探した。
さっきはすぐに別れてしまったが今なら時間がある。