二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

木下闇

INDEX|2ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「……そうか? おかしいな、今日は熱もない筈だが」
「うーん、確かに」
 京楽は、耳から頬に滑らせた手を今度は額へと移した。自分の額にも手を置いて頷きながら、納得とはほど遠い表情を浮かべる。
「キミ、なにか無理をしてるんじゃないのかい」
「無理……と言われてもなあ。試験が近いからそれなりに勉強に身を入れてはいるが」
「ふうん、そう」
 思い当たるふしがないでもなかったが、それを京楽に言っても仕方がない。
 浮竹が当たり障りのないことを言ってごまかすと、京楽は目を眇めて手を下ろした。その穏やかな視線の中に、確かな理知の光が覗いている。
 思わずヒヤリとした。耳にかけられた髪を所在なげに戻し、晒された顔を少しでも隠す。追求がこれで終わってくれるようこっそり祈った。
 京楽はさりげなく視線を外した浮竹をじっくり観察した後、「念のため、今日は早く休んだ方がいいよ」との言葉を残して、その場を立ち去った。
 残された浮竹は、ほうと詰めていた息を吐き出す。
「……それができれば苦労はないんだがな」
 苦笑しながらの呟きは京楽に届くことはなく、人気のなくなった廊下に響いた。
 浮竹が夜に眠ることができなくなって、もう五日がたとうとしていた。



















 寮の自室で寝る支度を全て整えた後、浮竹は枕を前に座り込み深いため息をついた。
 こうも眠れない日が続くと、夜の訪れが恐怖に様変わりしてしまう。
 いったいなぜ、こんな状態になってしまったのだろう。心当たりがないだけに対処法も見つからず、浮竹は毎晩寝返りだけを繰り返し朝を迎えていた。
 霊術院の寮は学年別に部屋が割りふりされている。浮竹たちの学年は基本的に二人部屋で、同室の相手は一端眠ると朝まで目を覚まさぬ質だった。おかげで浮竹は、思うままに布団の中をごろごろと転げまくることができた。時には立ち上がって水を飲みにいったり、狭い部屋の中をうろうろ歩き回ったりもしたが、眠気はいっこうに訪れなかった。
 その代わりに、寝不足の者の常だが、朝日がのぼると同時にドッと疲れが押し寄せてくる。
 浮竹は仕方なく、昼間少ない休み時間をつなぎ合わせて睡眠時間にあて、夜中は教本を取り出して月明かりの中で勉強をした。
 だが予習・復習の時間がいかに長くとも、昼間の授業に集中できないのでは元も子もない。試験が近づいているだけに、浮竹の苛立ちは日々募るばかりだった。
 どうして、眠ることができないのだろう。
 昔から寝付きはいい子供だったので、正直、初めての体験に戸惑うばかりだ。
 そしてふと考える。あの男にとっては、夜は眠るためのものではないのだろうなと。
 睡眠が何よりも大事な命綱である浮竹には信じがたいことなのだが、数々の浮き名を流している彼は、おそらく今夜もまだ眠りについてはいまい。
 ――当たり前か。まだ日付さえ変わっていない時分だというのに、京楽が大人しく自室に収まっているはずもなかった。
「そういえば、アイツも帰ってこないな」
 ふと、相部屋の者の不在に思い至って浮竹は呟いた。浮竹同様真面目な性質の人間で夜遊びなど思いもよらぬ彼は、帰宅がここまで遅くなったことなど一度もない。急遽帰省するとかどこか別の部屋に泊まるのなら、昼間学院で顔を合わせた際に一言あっただろう。
 己のことしか考えず、今の今まで彼の存在を忘れていた自分が少し後ろめたくなって、浮竹は襖に手をかけた。探しにいこうと思ったのだ。
 だが手に力を込める前に、襖は反対側からするりと空いた。
「や、ちょっとお邪魔するよ」
「……京楽っ!?」
 昼間別れたときと寸分違わぬ笑顔で、眠らない男がそこに立っていた。









「どうしたんだ、お前。こんな夜更けに」
「ああ、ごめんよ。ひょっとしてもう寝ていたかい」
「いや。まだ起きてはいたが……俺に何か用なのか?」
 確か同室の男は、京楽とは面識がないと言っていた。それならばこの男が訪ねてくるのは自分であるだろう。
 浮竹は訝しみながら尋ねる。こんな夜半に京楽がわざわざ訪ねてくる用事など、まったく思い浮かばなかった。勉強のことや学院内の用件なら、明日でも十分間に合う筈だ。
 京楽はいつもの飄々とした笑顔で、うん、と一つ頷く。
「誰にというわけじゃなくてね、言うなればこの部屋に用事があるんだよ」
「……なんだと?」
「キミの同居人の彼いるだろ? 実は彼と一週間ばかり部屋を交代してね」
「なに!?」
 寝耳に水の話に浮竹は思わず大声を上げた。元々地声が大きく、しかもよく通る声質だ。京楽に「シ!」と人差し指を唇の前に立てられ、今の時刻を思い出し慌てて周囲を見回す。左右の部屋から物音が聞こえてこないのを確認してから、ホッと息を吐き出した。
 京楽は苦笑する。
「キミにも了承を得るべきだったかな、ごめんよ。でもとにかくそういうことだから、七日間よろしくね」
「あ、ああ……」
 差し出された手を咄嗟の習い性で握りかえしながら、浮竹は内心、困ったことになったと思っていた。
 京楽ほどの男が、他人の気配に鈍いとはとても思えない。浮竹がどんなに霊圧を押さえていても、狸寝入りなど瞬く間に気付かれることだろう。
 彼は優しい男だから、隣りに眠れぬ者がいるのを知っていて、自分だけ高いびきをかいてはいられまい。
 浮竹が思い悩んでいると、まるでそれを読みとったかのようなタイミングで京楽が「大丈夫だよ」と笑った。
「なにが大丈夫だって?」
「そんな不安そうな顔をしなくても、キミの安眠を妨げたりはしないよ。一晩中静かにしているから……というより、実はちょっと出かけたいところがあるんだ」
「出かける……ってお前!」
「待ち合わせ場所に行くのに、この部屋から抜け出すのが最適なんだよ」
 ――内緒にしておくれよ?
 にこにこ笑ってまた口元に人差し指を当てた京楽に、浮竹はすうっと心が冷えていくのを感じた。
 京楽がここで眠らないというのならそれこそ願ったりじゃないかと思うのに、それが女性との逢い引きのためだというともういけない。
 そのさもしい思考に浮竹は吐き気がした。こんな風に自分の内部に他人を取り込んではいけないのに。
 欲してはいけない――それはいずれ落胆をもたらすものだから。
 執着してはいけない――やがて襲い来る絶望に耐えうる身体を浮竹は持ち合わせていないのだ。
 だから浮竹は内心の苛立ちを綺麗に押し隠して、さも呆れたと言わんばかりに肩をすくめてみせた。
「試験も近いってのに呆れたヤツだな。これで次席だというんだから」
「おっと待った。主席のキミに言われたくはないよ」
「俺のは努力の結果だぞ」
「ボクは違うっていうのかい?」
「少なくとも俺はこんな夜更けに出かけたりはしない。……それにしても随分遅くに待ち合わせるんだな。いかな瀞霊廷といっても、深夜は物騒だろう」
 流魂街ほどではないにしても、どこにでも野党は出るし虚も出る。女性の一人歩きに適した時間とは思えない。
 浮竹が眉を顰めると、京楽は心配は無用だと首を横に振った。
「大丈夫だよ。待ち合わせは彼女の部屋の下だからね」
「……そうか」
作品名:木下闇 作家名:せんり