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木下闇

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 その話は、昼休みに食事を終えた浮竹が図書室で文献を探っているときに聞こえてきた。
 昨夜、どこぞの中級貴族の三女が上級貴族京楽家へ嫁いだ際に、自殺を図ろうとしたらしい。幸いそれは未遂に終わり、その後つつがなく婚姻の儀は終了したとのことだった。
 噂を聞きつけてきた一人が、学友二人にコトの顛末を身振り手振りを添えて話していたが、その話しぶりは、典型的な政略結婚に眉を顰める若者の潔癖さに満ち満ちていた。
 本を抱える手が無意識に強張る。その女性というのは、京楽がこの数日間逢い引きをしていた相手に違いない。まさか、京楽家に嫁ぐのだとは思わなかったが。
 浮竹は、息を殺して、乱れる霊圧を押さえ込んで耳を傾けた。彼らは、学年主席が書棚を介して裏にいるとは知らず、ひそひそと話を続けている。
 そこから得た情報によると、京楽家は京楽家でも分家にあたる家柄らしく、近頃勢力を伸ばしてきたその中級貴族と縁を結ぶことで中央への進出を狙っているのだという話だった。
 どんな女性なのか浮竹には知るよしもないが、おそらく情の強い人なのだろう。婚姻が成立してしまう前に思い人との逢瀬を繰り返し、いよいよ逃れられそうにないとなったら自らの命を絶とうとする。京楽はそんな情熱的な女性に愛されていたのだ。
 最終的には家という枷から逃れることができなかったようだが、さぞかし無念だろうと浮竹は思った。
 一方的な思いではなく、ほんの七日間といえど愛を返してもらえたのだから、未練は募っただろう。むしろそれが自殺未遂の原因ではないのか。だとすればあの男にも責任の一端はある。
 ――京楽はこのことを知っているのだろうか。
 浮竹は午後の授業を知らせる予鈴の音に顔を上げ、授業が終わったらそれとなく京楽の様子を窺ってみようと思った。
 下世話な、と言われるかもしれないが、何故かこの件に関しては首をつっこむことに躊躇いはなかった。












 だが午後一番が退屈な歴史の授業だったせいか、昼までは確かにいたはずの京楽は姿を消していた。続く実技の時間には戻ってくるかと思ったがそれもなく、浮竹は追求を諦めざるを得なかった。
 寮に戻ってから一度部屋を訪ねてもみたが、京楽の同室の者に彼はまだ帰っていないと聞かされただけだった。
 もしかしたら、その女性の元へ見舞いに行っているのかもしれない。親戚となったいまなら、本家の次男坊が分家を訪れたところで不自然なことではないだろう。
 いったい、彼女にとってそれは喜ばしいことだろうか。他人の妻となった身で愛しい男に見舞われるのは、苦痛なのではあるまいか。浮竹は考える。
 京楽は、どこまで彼女のことを好いていたのだろう。ああ見えて、女性に限らず、他人と関わるということを決して軽んじる奴じゃない。
 浮竹は、京楽が部屋に現れた日をきっかけにして熟睡できるようになった。そのことにとても感謝をしている。
 意図してやったことではなかったのだろうが、あのおとぎ話は肩の力をぬいて頭を休めるのに丁度良かったのだ。眠る直前まで勉強に集中していた浮竹の脳は冴えきっていて、とても眠りを受け入れるなんてできない状態になっていた。
 それに気付かず、眠れないからといって教本を開いたり、日々の雑事に頭を悩ませていたりしたら、余計に目が冴えるに決まっている。京楽のふざけた態度につられて緊張が緩み、その結果安眠を取り戻すことができたのだ。
 浮竹は昨日から、一言礼を言っておくべきか、しかし京楽は浮竹が不眠で悩んでいることなど知らなかったのだから、わざわざ知らせるのもおかしいかなどと、ぐだぐだ悩んでいた。
 そこにきてこの事件である。
 明日は絶対に京楽のことを捕まえようと決意して、浮竹は自室に戻った。昨日から帰ってきている本来の同居人が迎えてくれる。
「よう。やっぱ京楽いなかっただろ?」
「……ああ。結局どちらにいても門限破りは変わらないな、アイツは」
 苦い顔をして呟くと、同居人は「えっ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
「なんだ、大声を出して」
「いやだってお前、京楽はここに来てた間は門限破ったりしてないだろう」
 やけに確信めいた言い方に一瞬首を捻るが、そうか、コイツは京楽の深夜の脱走を知らないのだと思い至った。夕方、必要な私物を取りにこの部屋に戻ってきて京楽と顔を合わせていたので、あの後ずっと彼が部屋にいたと思っているのだろう。
「………確かに寮に戻ってくる時間だけは早かったな」
「だろ? 俺、京楽とは全然話したことなかったけど、アイツがあんな真面目な男だとは思わなかったよ」
「………………う、ん…」
 確かに帰寮時間は早かったかもしれないが、その後に寮を抜け出しているのでは意味がない。だがそれを目の前の男に言いつけてもいいものかどうか、浮竹には判断がつかなかった。仕方がなく口を噤む。
 彼はまだ楽しそうに話を続けていた。
「京楽ってつきあってみると案外いい奴だよな。ホラ、これ見てみろよ」
「なんだ、これ」
 ドンと机の上に出された桐の箱の中を覗き込もうとすると、ふわりと覚えのある香りが部屋中に広がった。
 蓋を外せば予想通り、香の道具一式が納められている。小さな黒い香炉と、一つずつ丁寧に梱包されたお香が白と緑との二種類。この数日間、眠りの淵に漂っていた緑茶のような香りが浮竹の鼻を擽った。
「これ…は?」
「俺、あいつに頼まれて部屋を変わってやっただろう?毎日上の階まで登るのは大変だったろうって、お詫びとお礼の気持ちらしいぜ。あいつなんか入寮以来ずっとあの階まで登ってんのにな」
「この香を、京楽が?」
「さすが上流貴族は違うよな。こんな高そうなモン、ぽんとくれるなんて」
 やはりそんなところも浮竹と似ている下級貴族出身の彼は、嬉しそうに香炉を取り出した。この男の愛すべき点は、こうして他人の好意を素直に喜ぶところだった。浮竹と二人、日々寮中の人間から差し入れやお裾分けをもらい舌鼓を打っている。
 だが浮竹には、今度ばかりは彼と一緒になって単純に喜びの表情を浮かべることはできなかった。
 なぜ、京楽がこの香を贈りつけてくるのか。
 浮竹は、明け方に必ず部屋に揺らめいていたこの香りを夢や幻だと思ったことはなかった。目覚めたときにはもうその穏やかな香りの残滓も残ってはいなかったが、京楽が逢っている女性からの移り香を嗅いだのだと思っていた。彼が帰ってきた際の空気の流れを無意識に記憶しているのだろうと。なぜなら、出かける前の彼からこんな香りはしなかったのだから。
「なあなあ、浮竹が嫌じゃなかったらこれちょっと試してみてもいいか?」
 嬉々として香の包みを解いている同居人に話しかけられて、浮竹はハッとして頷いた。
「ああ。俺は構わないが…」
「なんでも気分が安らいで、よく眠れるようになるんだってよ」
「……っ!」
 その一言で、京楽の真意が落雷のように脳裏を貫いた。浮竹は愕然とする。京楽は浮竹が眠れないでいることなど、最初からお見通しだったのだ。
 わざわざ部屋を交代したり、こうして安眠効果のある香を贈ってきたりするのはそういうことだ。
作品名:木下闇 作家名:せんり