りりなの midnight Circus
その声はまるでエルンストの心を優しくなで上げるような、彼にしてみれば最も不快に感じるような声だった。
扉が開き、その人物が顔を見せた時、エルンストは、ああ、この人だったのかと思った。
そこに立っていた女性は、先程外の通路ですれ違った教導官だった。
高町なのは一等空尉。他人に興味のないエルンストでもその名前は知っていた。時空管理局のエース・オブ・エース。10年間飛び続けた空の覇者。最強クラスの航空魔導師。
しかし、エルンストは少し疑問に思った。航空教導隊の教導官であるはずのなのはがなぜ、陸士訓練所で教導を行っているのか。
「やあ、高町一尉。呼び立てて済まんね」
「いいえ、ベルディナ一佐。訓練終わりの中休みの最中でしたから」
「ここに来て一週間になるが、順調か?」
エルンストは直立不動がいい加減疲れてきたので、休めの体勢になり二人の会話の行く末を見守った。
「とても良いです。みんな元気で教えるのにも身が入ります」
それにしても、そうか。彼女がここに来てから一週間程度にしかならないのか。だったら、自分が任務の前に彼女と顔を合わさなかったのも納得がいく。
「それは何よりだな。君をこちらに呼び込んで正解だったようだ。半年間の出向任務だが、まあよろしくやってくれ」
「恐縮です、一佐」
エルンストは、なのはがどういう経緯でここにいるのかおおよそ理解できた。さしずめ、ベルディナが優秀な教官を引き込むために航空隊を口説き落としたのだろう。
おそらく航空隊も彼女ほどの人材をみすみす渡すわけにはいかないところ、半年間の出向任務と言うことで落ち着いたに違いない。
ならばなのはは……。そこでエルンストは教導隊の慣習的な事を思い出した。おそらくなのはに伝えられたことはこうに違いない。
『君が教導隊の教官としてやって行くにしても、教導官が航空のみに携わるわけにはいかない。空と陸、その双方を同時に考えることの出来る経験がこれから先には必要となる。現場に立つにしても、教導武官を目指すにしてもだ』
エルンストは、そういってベルディナがなのはを口説き落とす場面をつぶさにシミュレートできた。この老獪のことだ。もっと言葉巧みに、女をたぶらかすかのような狡猾さで行ったに違いない。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪