りりなの midnight Circus
それは魔力を利用した幻術ではなく、彼の体得した特殊な機動制御だった。動きに緩急をつけ、瞬速と低速を組み合わせることで錯視を引き起こす。
周囲のガジェットを排除した朱鷺守はその姿を再び一体へと戻す。
(なるほど、あれはガジェットにも有効ということか)
急加速と急制動を繰り返すその機動は、体に莫大な負担を強いるものだった。故に、朱鷺守の間接は様々な類の軋みをあげ始める。
(やはり、あれは疲れるな)
朱鷺守は思い通りにならない自身の体の限界に舌打ちすると、痛覚のノイズを強引に頭の中から追い出すと、再び神速の世界へと飛び込んでいった。
『そんな戦い方を続けていると、いつかすべてを失いますよ、朱鷺守一尉』
朱鷺守はなのはの念話にゆっくりと笑みを浮かべた。
『問題ない、すでに覚悟の上だ』
守りたかったものを守れなかった。そのときから彼はすでに覚悟を決めていた。この身に何が訪れようともすべてを受け入れると。
彼は自らのすべてをかけて戦場を駆けめぐる。その瞳には何の後悔も浮かんでいなかった。
要塞に鳴り響くアラームは自分の侵入に対するものではないことは明らかだった。
閉ざされた隔壁を迂回しつつ、天井に張り巡らされた通気口の狭い通路に身を押し込めていたエルンストは外の様子に意識を向けた。
ここからではその様子を感じ取ることはできない、しかし【ストライク・ビューワー】が収集した情報からその状況を組み立てると、彼らの戦況は消して悪いものではないということだった。
(だが、多勢に無勢か。急がなくては)
外の警備に対して内部の警備はそれほど厳重ではなかった。ここまであっさりと侵入できたことに彼は敵の罠を感じ取ったが、今のところその様子はなく、要塞全体は外の彼らへの対策に追われている様子だ。
確かに、内部を警備するガジェットがかなりの頻度で彼の下を通り過ぎるが、ガジェットごときには彼を発見するような手だてはないことは明らかだった。
そして、彼はしばらく進み、通気口(エアダクト)から漏れ出す光を視界に捕らえた。
(目標地点に到達。警備は……警備兵四人と制御技師(コントローラー)八人か)
コントロールルームの正面のモニターには要塞周囲の戦略図が映し出され、その縁の小窓にはそれぞれ六人の魔導師が映し出されていた。
それは、外で必死にガジェットと戦う仲間達だった。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪