りりなの midnight Circus
本来なら同一平面上にベクトルの異なる重力が存在することは許可されていない。そのため、その調整はあくまで疑似重力であり本来的なら真性の重力を操るというわけではないとのことだったが、エルンストにはその仕組みは理解できなかった。
エルンストは射撃場の様子をざっと見渡した。
先程上げた標的は、それぞれ500m、1000mと3000mまで500m刻みに立てられている。その間には、トラックや乗用車、装甲車や歩兵、民間人などの|移動標的(ムーバー)がランダムの速度で行き来する。
地球に住む軍人ならその移動表的は全て木板や鉄板に描かれたものが、レールで移動する程度のものになっただろうが、最新技術を応用したそれらは見た目本物の移動体と区別できないほどのクオリティーを有する。
それに打ち込めば、打ち込まれた箇所に応じて車なら壊れ、人間なら血流をまき散らして地に臥す。いわば、人間を殺す感覚を擬似的に体験できるようになっているのだ。
(だが、これは少しやりすぎだ)
それを初めて経験したエルンストは、実際に敵兵のターゲットに自弾が打ち込まれた時、血流はおろか体内の臓物までもがまき散らされた事を見て常々そう感じていた。
これでは、人間を殺す感覚を養うどころか、むしろ人間を殺すことになれてしまうのではないか。確かに、殺しを躊躇しない軍人は必要とされる。しかし、あからさまにそれらの感覚を麻痺させるものをつくってどうするのかと思いもする。
機械的に殺人を行う人間は、自分たちのようなものだけで十分だというのに。
少し物思いにふけってしまった。見ると、ターゲットの間を行き来する往来の女性がどことなく退屈そうに歩き回っているように見えた。
彼女が標的か、それとも撃ってはならない障害物なのかは個々では判断できない。彼女は民間人を装ったテロリストである可能性もあるのだ。それは、コントロールシステムによってランダムに決められ、それを確認するにはそれがテロリストのような動きをするか、実際に打ち込んでみる以外には方法はない。
エルンストは、腕輪に手を添え、少しだけ息を吸い込んで吐き出した。
「クリミナル・エア、ストライク・ビューワー、セットアップ」
静かに紡ぎ出されたその言葉に呼応して、光と共に彼の殺人器は息を吹き返した。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪