りりなの midnight Circus
一番大きなものは、銃身内での弾頭の振動だとエルンストは考える。なにぶん弾頭を高速で打ち出すために銃身内にたまる空気はそれによって大きく圧縮されることとなる。
バネのような特質を有する空気は圧縮後元に戻ろうとして膨張し、その殆どはマズルより外へ放出されるのだが、その幾らかは弾頭を押し戻そうとする。
その僅かな力であっても弾頭は僅かに直進性を失い、速度ベクトルと方向ベクトルの間に僅かな隔たりが生じてしまうのだ。
そのため、弾頭は不規則な回転を与えられることとなり、それが着弾のばらつきへとつながる。そのばらつきばかりは高性能のデバイスであっても予測できない状況であり、撃った弾が必ず同じ所に着弾するというニュートンの運動の法則に反する結果をもたらすのだ。
だが、とエルンストは思う。
(それを包括できなくて何が狙撃手(スナイパー)か)
狙撃手が撃って当てられるのは当たり前、それ以上の戦術的優位性がなければ一流の狙撃手を名乗る資格はない。
レティクルの中央、そして弾頭予測の光線の先が標的のセンターと重なり合い、さっきまでその後ろをうろうろしていた民間人の男性がその裏側から姿を見せた所を見計らい、エルンストはトリガーを押し込んだ。
空気を切り裂く甲高い音よりも先行し、ターゲットのほぼ中央下より1.3mmの部分に僅か7mm程度の円点が穿たれた。
(予測修正、次弾装填)
その結果を受けて、【ストライク・ビューワー】はすぐさまレティクルを下部に0.2mm移動させ、弾頭予測アルゴリズムを修正した。【クリミナル・エア】は空になった薬室に予備の弾頭を手早く装填し、エルンストが構え直すよりも遙かに高速に全ての処理を終わらせ彼の行動終了を待った。
(この狙撃システムで最も性能的欠点を持つものは使用者である俺自身だ)
エルンストは前二者に比べ圧倒的に性能の劣る自らを呪った。自らの性能がその二者に劣らないほどのものだったら、ニコルを助けられたかも知れない。
考えることすら無駄である事をエルンストは考え、
《使用者の射撃への集中を求む》
という【ストライク・ビューワー】の警告に頬をゆるめた。
(分かってるよ)
そして間髪入れずに第二射をリリースした。
初弾命中から僅か1.1秒。初弾より0.6mmほど中央よりとなった円点を見て、エルンストはさらなる射撃を続けた。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪