りりなの midnight Circus
なのははその話を最初に聞いた時、技術の躍進の凄まじさとキハイルに対するある一種の敬意を胸に抱いた。そして、同時に既に遠い過去になりつつあるあのときのこと、自身が撃墜され一時期生死の境をさまよったあの事件を思い出していた。
キハイルの言葉はもっともだとなのはも思う、彼女もまた魔術の無理な行使によって様々な障害を見に受けてきたものの一人だった。特に、先の聖王の揺りかご事件において彼女が使用した無理矢理な魔力運用はその後の彼女の身体に消えない傷を植え付けたのだ。
自分のような者達が今後現れないためにも、新しい世代の子達にはこのキハイル式デバイスシステムを早急に配備するべきだと思い、彼女自身教導隊内で率先して新システムの導入に奔走した。
しかし、彼女は自らのデバイス、【レイジング・ハート】に目を向けた。
なのはは確かに率先して新型システムの導入に力を注いだ。しかし、彼女の持つデバイスがその新型に取って代わることははたしてなかった。
『Master……』
そんな彼女を心配するように【レイジング・ハート】は淡く光をともした。
「うん、良いのレイジング・ハート。私はあなたと一緒にいたいから」
首につり下げられた紐の先端で輝く赤色の宝石を手に取り、なのははゆっくりと笑みを浮かべた。
現在においては旧式となってしまった【レイジング・ハート】は確かに、キハイル式に比べると魔術運用に負担がかかる。特に彼女のような大規模な魔術を集中運用する魔術師ではその負担も顕著に表れるものだ。
しかし、それでも、なのはは長年連れ添ってきたパートナーであるそのデバイスと別れを告げることなど出来なかった。
新型システムは従来のオプション改修とはわけが違う。デバイスのコアシステムそのものを交換する事につながるのだから、なのはの考えも理解できる。
技術部の話によれば、従来のシステムのOS即ち、人格プログラムの情報を新型システムに移し替えることは十分可能だと言うらしいが、それを行った同僚の話では、やはりそれまでのOSとはなにかどこか違うというのだ。
「高町一尉」
なのはは、後ろを歩くエルンストの声に気がつき意識を現実へと戻した。
「え、えっと、なに?」
なのはは完全に狼狽していきなり顔を後ろに向けるものだから、角を曲がってきた男とまともにぶつかってしまった。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪