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きくちしげか
きくちしげか
novelistID. 8592
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甘い恋などどこにもなくて

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「だすげろ!天バーーー」
後で聞けばひどい事を言っていたと新八も反省したが、この時はそう言うのが精一杯で、銀時の耳にはその台詞の半分も入っていなかった。
「ちょちゅっと、な、何してんの?!」
思わず発した言葉に新八の上に乗っていた二人が同時に叫んだ。
「キス!!!!!」
遠のく意識の中で新八には「キスは天ぷらにしたら美味しいですよ」と言う板前さんがぼんやりと見え
「それはいい」とつぶやいたまま、うっすらと笑いを浮かべた事は覚えていなかった。

Sっ気たっぷりな二人が何故か正座をして座っていた。
その前に新八が割れたメガネを掛け、背筋をピンとさせて座っている。
「僕をダシに使うのはやめてください、っていうかヤメロ」
半分据わった目を二人に向けるとどちらも黙ったままだった。上目遣いに沖田が新八の方を見る。
しかしその視線に気がついた新八はそちらをちらっと見ただけで目を閉じてしまった。
銀時はただただ新八をいつもいる机に座ったままちらちらと覗くだけだった。
先程まではうっすらと笑っていた。姉譲りの笑いだ。
新八がクワッと目を開くと銀時は自分が叱られている訳でもないのに心の中で『ごめんなさい』と謝って目をそらしてした。
「とにかく、今後一切二人が会う所に僕は付いていきません、だいたい沖田さん」
そう言われて「へい」と背筋を伸ばして返事をする沖田にもう真選組の一番隊隊長という肩書きは無かった。
「あなた、一番の年長ですよ。しかも真選組です。一番いさめなくてはいけない立場ですよ。何をしてるんですか」
その言葉にあごを突き出して「へえ」と返事をする沖田を神楽が盗み見て口に手をやった。
その仕草を新八が見逃すハズもない。
「神楽ちゃん。言いたい事があるならきちんと沖田さんに言いなさい。そりゃあこういう事はなかなか言いにくいかもしれないけど・・・」
そう言って顔を赤らめる新八に神楽が思い切った様に声を上げた。
「どっちが新八を嫁さんにするかの決闘ネ!」

不意打ち。

「そうですぜ!あんたを嫁さんにするのはこの・・・」
「あたしネ!」
「俺でい!」
ハモる二人に新八が白くなった。口をぱくぱくとさせ、新八が大きな目をこぼれんばかりに広げる。
そしてなぜか銀時の顔赤くなってきた。
それを沖田が盗み見ている。
(あのオヤジ・・・)
それとは別に神楽が大きな声で演説を始めた。
「新八が嫁さんになれば、毎日おいしいご飯が食べ放題ネ。夜も一緒にいられるし、毎日頭なでなで、お風呂も一緒に入って、髪洗ってもらって、定春と3人でグーグ寝られるネ。あとそれから洋服を作ってもらって・・・」
くらくら。
(そ、それは、お母さん?)
それに反応する様に沖田が続ける。
「なんでい、それくらい当然だぜぃ。俺の嫁さんになったら、毎日メシを作ってもらってピーしてピーして・・・」
ぼこっ。
あまりに聞かせられない内容を口から吐き出す沖田の頭をスリッパではたく。
「なんでぃ!じゃあ最終兵器だ!」
そう言って懐から紙切れを出す。新八の前にぐぐっとそれを突きつけると鼻からふうーんと息を吐いた。
「こ、これ・・・」
紙切れを持ってメガネに手をかけ、割れた所を避け見えやすい様にメガネを持ち上げる。
「将来何人子供を産んでも安心ですぜ」
今月の給与明細を眺めながら新八が口を開いた。
「・・・・沖田さん・・・」
神楽と銀時が紙切れを覗くとそこにはたくさんの数字が並んでいる。
「ええええ!こんなに貰ってんの?!」
「当然でさあ。何てったって真選組一番隊隊長ですからねえ」
得意そうに鼻をならす沖田を新八が黙って見つめていた。沖田と見つめ合う。
(これで新八さんは・・・)
沖田が新八の手を取ろうとした瞬間・・・。
「こんだけ貰ってんならちゃんと仕事しろ!!!」
そう怒鳴ってスリッパでもう一度沖田のはたいた。
「税金泥棒があ!!!」

その日、沖田が真面目に仕事をしている所を土方が複雑な表情で見つめていた。
「何かあったのか、総悟」
「・・・へえ、嫁さんを貰うために奮闘中でさあ・・・」
土方の瞳孔が違う意味で開いた。


変だねえ。
そわそわしてるぜぃ。俺、S王国のS王子だぜ。
「本当にごめんなさい。おまたせしました」
待ってるよ俺。いつもならすぐに帰っちまうのに。
「神楽ちゃんが」
ああ、あいつに言っちまったからなあ。つい調子に乗って。

「今度新八さんとデートするんでさぁ」
バカでかい犬に乗ったピンクの頭のアルアル娘の前で俺は有頂天だった。
「・・・」
何か緑の物が口から出てるけど、ありゃぁ何だい。わかめか?口からわかめが出てる女なんて見た事ねえぜ。
「ぜひ今度公園でデートでも、って」
おめえの壊したも物を弁償しろって言ったら慌てたんでよぉ、まあ手づくり弁当で勘弁してやるって言ったらあっさりのりやがった。
かわいいねえ。
「手づくりの弁当だぜぃ」
口の端にぶら下がってた緑のわかめ(に今決めた)がくちゃくちゃと音を立てて口の中に吸い込まれて行く。
「新八の手づくりなんてアタイいっつも食べてるネ」
・・・。ショックなんて受けてねえぜ。
「なんでい、おめえの食うメシにゃあ愛情はかかってねえだろ」
しまった。あいつなんか今にやっとしたぜ。
「あーあ、分かってないねエ、真選組の旦那」
優位に立たれるくれえなら、いっそ斬り捨てちまうか。いや、これがなかなか手強いんだけどねぇ。
「新八の手からはアタイに対する愛情があふれちゃって、わざわざかけなくてもいっぱい振り込まれてるネ」
「おめえそりゃ振り込め詐欺にあってるぜ」
こいつと話してると俺までおかしくなっちまう。
「とにかく、今度の、おっと日にちは言えねえ新八とデートだぜ」
有頂天なんて、ほんとなるもんじゃネエな。

「沖田さん、今日はね」
へえ、ああ新八さん、弁当でけえなあ。まあ全部食っちまうがね、そしてその後は新八さんもいただくって寸法だ。
「今日は一日、あーよろしくぅおねがいしまーす」
「ばう!」

・・・最悪でぃ・・・。

「何でお前がいるんでぃ」
また口からは緑のわかめがにゅるっと出てやがる。何だかイラッとくるねぇ、あのわかめ。口を動かすたびに動きやがらぁ。何だあれか、あそこだけ海の中か?
「神楽ちゃんが壊したんでしょ?だったら神楽ちゃんがきちんと謝らなきゃって思って連れてきました」
「あー悪かったアルアル」
やる気のねえ謝罪は挑発と一緒だぜ、チャイナ。殺気でもこめてやらあ。
「ね、謝った方が気が楽でしょ?でね、沖田さん」
こっちを向いてにっこりする新八につい見とれちまったぃ。
「お弁当は神楽ちゃんにも手伝ってもらったよ。楽しみでしょ」

・・・あり得ねえくれえ最悪でぃ・・・。

隣の口からわかめ女はこれ以上ないという表情でこっちを見てやがる。
優位に立ったネ、って顔して。
「姉御に玉子焼きの作り方を教わったネ!」
「え?えええええ!!!??」
新八の顔色が変わった。何でい、玉子焼きくれえで。まあ俺はあいつのは絶対食わねえけどな。
「新八さんは何作ったんでぃ」
「えっと一応おにぎりとか、あ!玉子焼きは僕も作って来たから」
しどろもどろになって話す新八の意図が分からねえ。やけに玉子焼きに執着するなぁ。
そうか!