騒動の種は其処に有り
というわけで次の日、二人は5年の教室の前にいた。
文次郎はいつもより大きな隈を作って。
伊作は仙蔵直伝の女装で。
「では、これから、授業を始める」
文次郎がそういって、白墨を手に取った・・・が5年は静まらない。
「うわ、あれ善法寺先輩か、ちょーきれー」
「町歩いてたら美人過ぎて二度見しちゃいそうだね」
「雷蔵、私だってあれくらい」
「豆腐のような肌・・・」
集まっていたのは、竹谷、不破、鉢谷、久々知の4人である。
面子をみて、確かにこのメンバーなら噂が一瞬で構内を駆け巡りそうだと思う。
昨日、仙蔵にいわれたことを思い出す。
『いいか、伊作。これはどれほど5年に印象付けられるかが勝負だからな。大げさにやるくらいが丁度いい』
そのアドバイスは間違ってなさそうだった。
ごめん、文次郎。
「この術は来年の実習でも必ず行うから、覚えるように。これからお前たちに教える術は、相手をかなりの確立で油断させる技術だ。まあ、要するにだな、素性を偽ったり、潜入を誤魔化すため、それから相手を油断させるためによく使われる色香の術だ。敵が自分たちの部屋の様子を伺っているときのごまかしや、敵が部屋に踏み込んできた一瞬に隙を作るために行う」
「潮江先輩、つまりそれって、ヤッてるように見せるってことですかー?」
竹谷の歯に衣着せぬ物言いに、さすがの文次郎も一瞬たじろぐ。
「・・・ま、まあそうだ」
「でも、そんなことできるんですか?」
「まあ、それを実体験させるために、こうして伊作に来てもらったわけだ」
「・・な、なるほど」
5年全員がごくりと唾を飲む。
「まず敵の様子見をかわす術から。全員天井裏へ上がれ」
文次郎の命令で、4人が一瞬で姿を消した。
「いいか、伊作」
「うん、じゃ、彼らの真下あたりでしよっか」
場所を少し移動して、文次郎が伊作を押し倒す。
「いくらふりっていっても、多少は我慢してくれよ」
「大丈夫だよ、いくらでもして?」
ほんと、5年にどれだけ見せ付けられるかがカギだから。
伊作の心の声が聞こえるのが、文次郎だけである。
5年から上手いこと見えるように、伊作の着物をはだけ、手を入れて行為をすすめていくようにみせかける。
「・・ぁ・・ん・・もんじろっ・・」
何もしていないにも関わらず、伊作の上げる声は色っぽく、ご丁寧に顔まで紅潮させるという演技の徹底ぶり。
「名を呼ぶな。素性がばれる」
「ごめ・・・あんっ・・・」
演技過剰な伊作に、文次郎は冷や汗気味だが・・・天井裏の4人は鼻血ものである。
「ほんとに何もしてないなんて信じられないね」
「意外とほんとにやってたりして」
と4人の中では比較的いつもどおりの雷蔵と久々知。
「や、ホントでもなんでもいいけど・・・とにかくヤバイっ」
興奮を隠す気もない竹谷。
「ガキだなあ、おちつけよ、八」
必死に平静を装う鉢谷。
そんな会話で見学を続ける5年に部屋のなかから声が飛んだ。
「不破、久々知。疑わしいなら降りて来い」
その声にしたがって、二人が部屋の中へ降り立って、実演中の二人を覗き込む。
その間も、文次郎の動きと伊作の反応はそのまま。
「ほんとになにもやってないんだねー」
と確認したところで、天井裏から様子をみられてる場合が終了。
「全員降りて来い。次は敵が踏み込んできたときに隙を作る。まず一方向から踏み込まれた場合についてだ」
文次郎が再び隙を作ることの大切さについて講義を始める。
「何でもいいけど、これ以上見せられたら俺、厠直行だよ・・・」
と竹谷が呟きに伊作がにっこり笑った。その心根は、『上等、もっと煽ってやる』というものであるが。
「では、実演を始める。誰か、敵の役をやれ」
「じゃあ、俺が」
手を上げたのは鉢屋。
「合図をしたらいつでも好きな時に入って来い」
「はーい」
といって教室を出ていった。
「では、これから鉢屋を迎え撃つ。これは相手が扉を開けた一瞬が勝負だ。その一瞬にどれだけ気を引けるかがかかっている。そして相手が一方向からとわかっているのならば、二人ともその方向を向いていたほうが良い」
文次郎が入り口のほうを向いて座り、その膝の間に伊作が座り、着物をはだけさせる。
「まあ左手は胸の詰め物を掴むつもりで適当に手を突っ込んでだな・・、右手はこっちだ」
といって、文次郎の手が着物の中の伊作の太股へ触れた。
「鉢屋、いつでもいいぞ」
といった瞬間にまたも、伊作が表情を作り、頬を紅潮させ始めた。
そして、鉢谷が勢い良く入り口を空けた瞬間。
「あぁんっ」
と伊作が必殺の喘ぎ声を出すと同時に、苦無が鉢谷の真横を通過し、後ろの壁へ刺さった。
苦無で切られた茶色い髪の毛がはらはらと床へ落ちる。
「三郎でも、よけらんなかったんだ・・・」
「これ、潮江先輩じゃなかったら三郎死んでたかもね」
髪の毛をもっていかれた張本人は、よけられなかったことにかなりのショックを受けている様子。
「武器って何処に隠してあったんですか?」
久々知は興味深々といったように、観察する。
「いたるところに武器を隠しているに決まっているだろう」
実演の二人の両手はすでに得意武器を構えていた。
「というようにだな相手を油断させる。色香で惑わすことはもちろんだが、情事の最中ならばと相手も油断するからな」
「はい質問!ちなみに相手が入り口と窓の二方向から攻めてきた場合は?」
鉢屋がショックから復活し、質問を始める。
そして、面白いことを思いついたとばかりに嫌な笑みを浮かべている。どうやら恥をかくのは自分だけで済ますものかといった心情。
「それはいまの応用だ」
「それもやって見せて欲しいんですけどー、でもやっぱり見るよりもやってみるほうが覚えると思うんで、絶対女装しなさそうな竹谷が男役交代しまーす」
「ば、ばかっ、三郎、そんなことしたら」
と鉢屋をいさめる竹谷の言葉は文次郎には届かない。
「それもそうだな。よし、竹谷こっちにこい。お前はこっち向きに座るんだ。伊作、教えてやってくれ」
竹谷を座らせ、それに向かい合うように伊作が膝の上へ座る。
「竹谷、ごめんね。ちょっと重いと思うけど」
すでになにか硬いものが伊作に当たっている。
「この姿勢だと、かなり着物着崩れちゃうんだけどな・・・」
足を露わにしながら、竹谷にまたがり、竹谷の手を自分の太股へと誘導する。
「ここに苦無があるから、敵がきたら投げるんだよ?」
耳元でそう囁いてやった。
「あー、このような体位をとると、二人で360度目がとどくから、どの方向から敵が来ても対処することが出来る。今回は部屋に入る前から情事の最中だということをアピールし、油断させる。久々知、不破、敵役を頼む。久々知は入り口から入ってきてくれ。不破は窓から入ってくる・・というのは今回は無理だから、窓の方へたっているだけで良い。竹谷は敵が油断した瞬間に武器を投げるように」
説明を聞き終わると久々知が教室を出て行った。
「では、始める。伊作、竹谷」
「はーい」
と、普通に伊作が返事をしたかと思えば、竹谷の手を自分の着物の中に誘導しながら、巧みに体を動かし始めた。
「・・やっ・・・おやめ、くださいっ・・・あっ・・・」
作品名:騒動の種は其処に有り 作家名:律姫 -ritsuki-