ティル・ナギ
舞
「いやだっ、ぜーったい、ヤダッ。」
レストランでゆっくりティルとお茶をしていた時、珍しくアルバートとピコに呼び出され、同フロアーでステージがある広間の舞台裏に来たナギは、断固として拒否した。
横ではティルが面白そうな表情をして立っている。
「でも・・・今日は久しぶりに大々的なショーをする予定だったんで・・・きっと楽しみにして来てくれるお客様がいらっしゃると思うんです・・・。ああ、こんな時に怪我しちゃうなんて・・・本当にすみません・・・」
カレンが泣きそうな顔をして謝った。
今朝階段で足を捻ったらしい。
女の子に弱いナギは慌てて言った。
「ちょ、泣かないで?仕方ないよ、それは。ね?自分を責めないで?」
ティルがニッコリとナギに言った。
「いいじゃない。そう言うならやってあげなよ。大丈夫、ナギなら出来るよ?」
「人事だと思って・・・。だいたい何で俺なんだよ?他にいないの?」
「代役を頼むには急すぎて・・・。ナギさんならよく私と踊ってますし、素質は十分にありますし。」
この時ほど、遊びは程々に、と痛感した事はなかったかもしれない。
ナギはため息をついて言った。
「踊るのは確かに俺好きだし、それはいーんだけどさ、何で女装なの!?それがやなんだよ!!」
「やっぱそこはほら、皆元々カレンの踊りを楽しみに来てくれる訳だし、そんなときに代役でしかも野郎の踊りなんて見たくないと思うんだ。」
「そうだよねー、そりゃ女の子のがいいよね?」
ピコとティルが一緒になって言った。
ティルは、ナギなら男とか関係なく皆大喜びで見に来るだろうとは思っていたが。
「ここはさ、やっぱ皆の為に軍主殿がひと肌脱ぐしかないんじゃない?」
ティルはニッコリとナギに言った。
ナギはジロッとティルを睨んで言った。
「っちきしょう、やればいーんだろ、やればー。あーもう、覚えてろよティルっ。」
カレンがホッとしたように礼を言い、続けた。
「そうと決まればとりあえずお化粧と衣装ですね。じゃあ、こちらに来てもらえますか?あ、アンネリーも手伝ってくれますか?」
そしてなぜか男共は追い出され(着替えったって男なんだし、むしろ女性のが出るべきじゃ・・・と3人とも思っていた)、広間で待たされた。
暫くするとポツポツ人が来だした。待っていると、舞台裏口からアンネリーがそっと3人を手招きした。
「すごいの、びっくり。」
中に入るとアンネリーがニッコリと言った。
奥を見ると、見たこともないような美少女が憮然として座っていた。
カレンがよく着ているようなアラビア風の衣装だが、露出は意外に少なく、体形も分かりそうで分かり辛い。
頭には薄い生地のベールがかかっており、髪はふわっとした綺麗なロングヘアーだった。
美しい琥珀の瞳は長い睫毛で翳っている。
かわいらしい唇は艶やかに光っていた。
肌は美しい陶磁器のようにすべすべとしていた。
「わ・・・」
アルバートですら呆然とその美少女を見つめていた。
ピコは口笛を吹いた。
「これはまた・・・、いや、今日の舞台は既に成功といってもいいんじゃないかな。」
ティルはその場から動けなかった。
顔色は変わらないが内心では必死だった為、何も言葉が出なかった。
「ほんと悔しいくらいきれい・・・」
カレンもうっとりとして言った。
「あーもう、そんな事はどーでもいいよ。さっさと済ませて帰りたいんだよー俺は。で?演舞は何?決まってるの?」
「それですが、ナギさんのやり易いようにしていただいたほうがいいんじゃないかと。」
「じゃあさ、その装飾用の剣2本貸して。剣舞でいいかな。で、いつ始まんの?」
「えーと、そろそろお客様も集まりだしてるんじゃ・・・」
外の様子を覗きに行ったアンネリーが慌てて戻ってきた。
「いつの間にかいっぱいです。」
ナギが目を瞑ってため息をついた。
「あー。やるしかないんだよなーっ、やるしか。ふう・・・。・・・よしっ。そうだ、但しさ、特別公演ってことで、一曲舞ったら終わりだかんね?後はお前らでどうにかしろよー、アルバート?」
「はい、分かりました。」
「どうしましょう、リハーサル・・・」
「もう、いいよ。即興だ。あんた達は俺に合わせて曲弾いて。そうだな、激しめの曲で、剣舞だし。最初にジャーンって鳴らして。そしたら俺舞うから、後は合わせて。いいね、出来るな?」
「「「はいっ」」」
ナギは剣をつかみ、舞台表へと向かった。
音楽隊の3人もあとに続く。
カレンは祈るように見送った。
ティルは相変わらずボーッとしたまま外へと出ていった。
シーナとルックを見つけてそこへ向かった。
「あれ?ティルじゃん。どっから来たんだ?」
「いや・・・」
「?今日はさぁなんか特別ぽいからさ、カレンちゃんキレイだし、こりゃ見に来ないとって思ってさぁ。」
「僕を無理やり連れてくる必要はないだろ?」
「・・・そう・・・。」
ティルの様子を見た2人は、何かおかしくね?とか言っていたが、ステージから出てきた人物に気付き、そちらを見た。
他の客もステージに釘付けになっている。
ざわざわと、“誰だあの美少女・・・?”と言った声が聞こえてきた。
ステージ上の人物はそんな客など目に入らないように、集中しているのかただ立ち尽くしていたが、大きな音が鳴った瞬間嘘のように動き出した。
それはダンスというよりは激しく、戦いというにはあまりにも優美な動きだった。
彼女の視線、手、足、体、剣の切っ先すべてに魅了される。
激しく力強い動きなのに、その妖艶さは虜にならない者等存在しないかのようだった。
誰一人ピクリとも動けない中、いきなり始まった舞は終わりもいきなりだった。
誰もが反応できずにシーンとした中、かのダンサーは優雅な礼を1つすると、すっと消えるようにステージからいなくなった。
暫くして、すさまじい歓声が響きわたった。
ステージが壊れてしまうかと思われるくらいだった。
そして、客のあまりの興奮ぶりに、その日はもう、そのまま公演を続けることは出来なかったらしい。
途中軍主がそっと出て行くのを見た者は、ティル以外誰もいなかった。
翌日、石板前でシーナがしみじみと呟いた。
「いやーほんと、マジあれすごかったなぁ・・・。」
昨日からずっとこんな調子で1人で盛り上がっている。ルックはそれを無視してティルにボソッと言った。
「あれさ、ナギだろ・・・?」
「・・・何で分かった?」
「紋章の気配」
「ああ、なるほど。じゃあ他の奴らにはバレてないよね?」
「まあ分からないだろうね。てゆーか、バレた日にはさらに変態共の餌食だね。」
「それは困るっ、てお前、僕まで変態視してないよね?・・・ナギも絶対バレたくないみたいだった。」
「そりゃあただでさえ女顔嫌がってるしね。あんた止めるどころかたきつけたんだろ、どうせ。すごい勇気だね、嫌われんのも恐れずにさ。」
「う・・・。だって、僕も綺麗なナギ見たかったし・・・、あ、何その目つき。やっぱ変態扱いしてない?」
「・・・はぁ・・・。」
その間シーナはまだ1人で盛り上がっていた。そこに噂の本人がやって来た。