コミュニケーション・ブレイクダンス
「付箋に暗号文?」
「がっこ時代に面白半分に作った奴でな。こないだメモ出てきてさー、やってみたくなったんだよな」
「たまーにファイルに挟んで何か送ってきてるのは知ってましたけど」
クソ忙しい時にそれを発見してキレた大佐がよく投げてますから。
ああ、でもだからか。
今回の上司の奇行には原因があって良かった、なぞ周りに思われているとは露知らず、その上司は相変わらず嫌そうな顔を崩さないまま、ブチブチとお役ごめんになった付箋を外している。どうやら仕事をする気はなくなったらしい。
「何が悲しくて今更昔の暗号なぞ思い出さなきゃならんのだ」
「えー、フツーの暗号文だとバレるじゃん」
いや、そんなの何も突き合わせずに解けるの普通いませんから。あんたらの記憶力と一緒にせんで下さい。
「それに到着予定の時間がまったく違うのはどういう事だ」
「一刻も早くお前に会いたくて時間早めてきたに決まってるじゃねーか」
「…ほう?」
うわぁ笑顔だ。すっっっごい笑顔だ。怖。
ざわざわざわざわ、と再び動揺(及び待避行動)が室内に広がる。しかしそんなものもやはり一切気にせずに彼は懐から取りだした何かを高々と掲げた。
嫌な予感。
「早く見たいだろーと思ってさ。じゃーん!オレとグレイシアの愛のメモリー最新ば」
「中央行きの貨物列車の時間を調べてくれ。出来るだけ遠回りするやつ。あと誰か縄か手錠」
「嘘だって。仕事だよ、仕事」
だから梱包輸送は勘弁してくれ。
「今、中央で強盗騒ぎが頻発してるのは知ってるか?」
「軍の御用達の所ばかり狙っているアレか?」
「そう、アレだ。先週もう1件やられる所だったんだが、全然別件で動いてた部隊が偶然仕事後の逃走計ってた奴らに鉢合わせた」
で、双方共に予想外の相手の登場に焦った末に深夜の市街地でプチ銃撃戦。その時その場にいた連中はあらかた捕縛されたんだが、どうもその連中の話を合わせると、どさくさ紛れに逃げたのが1人いるらしい。
「お粗末な結果だな」
上司はつまらさそうにそう評した。
「そう言うなよ、結構うまい事立ち回ってる奴らで今まで足取りが追えなかったんだ。こういう予想外の珍事でも、好機は好機だろ」
「まあな」
「で。計画の企画とか立ててた奴で今までの犯行の殆どがそいつの立案だとか。そんな奴野放しにするわけにもいかねぇってんで足取り追ってたら、東部行きの列車で見たかもって情報が出たんだよ」
「それでわざわざ東部まで?」
そう問えば彼は笑った。…何かイイ笑顔だった。
そしてそのままフルフルと首を横に。
「いんや?」
「・・・は?」
「俺は今回、監査の打ち合わせに来ただけー」
ここまでネタ振っといてそれですか、とその場で聞いていた全員が思ったに違いない。
実際、中央からの協力要請なんかがあれば動かなければいけないか、と各々が構えかけた矢先なので拍子抜けだ。
ともすればなーんだ、とでも言い出しそうな緩んだ空気が戻り、それまで様子を窺っていた連中もそれぞれの仕事へとわらわらと戻っていく。
ただ何となく何かが引っ掛かって、ハボックは誰もそうとは気付かないくらいに首を傾げた。なにげに視線を下げると隣のブレダも微妙に腑に落ちなそうな顔をしてじっと上司を見ている。
その上司はいつの間にか先程までの不機嫌そうな表情を完全に消していた。口元に手をあて、何かを考えているようにも見えるが、一旦表情を消してしまえば内心何を思っているのか全く読めない。
…と、思っていたらいきなり前触れなく彼の視線がこっちを向いた。ハボックが、う、と構えるより早く視線は逸らされ、「ヒューズ」と彼は短く呼ぶ。
「あん?」
振り返ったヒューズに向けて顎で部下を示すと、
「貸してやる。持ってけ」
え。
こいつの鼻は結構利くんだ。…って、あんた人を何だと。
…まぁそれでもこういう時は口を挟まない方が良いということは知っていたので、良くは判らないながらもハボックは黙って大人しく敬礼を一つ。
途端、ヒューズの目に面白そうな光が閃いたような気がした。
・・・何か、前に似たようなの見た気が・・・。
微妙に嫌な予感がしなくもなかったが、んじゃ早速手伝って貰うかとか何とか言っている彼に促されるままに、ハボックはその後に従った。
作品名:コミュニケーション・ブレイクダンス 作家名:みとなんこ@紺