コミュニケーション・ブレイクダンス
資料室に行きたい、とのリクエストだったので、監査にあそこの資料なんて関係あったっけ?とは思いつつ、大人しく案内していた。
ヒューズとこうして顔を合わせるのは別に初めてではない。何のかんの理由を付けてはよく東部を訪れていたし、上司が中央に出向く際の護衛としてくっついて行って、向こうで出迎えられる事もあった。
…そう言えば初回の顔合わせはそれなりに色々凄かったが、これはまたの機会に。
それでも誰も差し挟まない状態で話すのは珍しい。特に仕事絡みとくれば殆どはじめて同然のはずだが、勿論彼はそんな事を気にするわけもなく。
通路だろうが何処だろうがヒューズは嫁の話やら何やらで黙る事はない。
いらぬ事程盛大に言うが、気が向かない時は案外無愛想な上、意外と口数の少ない己の上司とは対照的だ。士官学校の同期だと聞いたが、どうウマがあったんだか。
・・・たぶんヒューズの方が先にちょっかいを掛けに行ったのだろう事は想像に難くないが。
「最近のこっちの様子はどうだ?」
突然近況にふられて、間を持たせるようにくわえていた煙草を一息ふかす。
「えー…だいぶ落ち着いてきてますけど、まだしばらくはダメでしょうね。動きそうで動かない組織がまだいくつか」
「この1年でずいぶん減らしたと聞いたけどな」
「あーそうッスね。一時期寝る間もなかったですから」
「あいつ、人使い荒いからなぁ」
「まったくです」
そうこうしている間に資料室に着き、攫ってきた鍵で扉を開けたその時。何か、さっき形にならなかった物が不意に落ちてきた気がした。
「…一つ聞いても良いですか」
「ん?」
「――――ホントは中央でも拘束出来たんじゃないんですか?」
誰を、とも何も言わなかった。
だがヒューズは僅かに口元を歪めて、悪戯を見付けられた子供のように笑った。
「なるほど、カンは悪くないな」
お前も、と指先で呼ばれる。まだ長いのに勿体ないなぁと思いながらも、携帯灰皿に煙草を押し込んで後に続いて資料室の扉を閉めた。
「市街地の地図出してくれ。あと下水道のも」
言われるままに地図を広げ、示される箇所に印を付けていく。
「実働部隊の隊長としてのお前さんの意見を聞きたい」
「・・・その前に、何であえて泳がしたか聞いて良いですか?」
「中央でとっ捕まえた連中は東での仕事の詳細は知らなかった。あいつを泳がさんことにゃ、何処に接触するかわからんからな。どうせやるならこっちの協力組織も一緒に潰して一石二鳥のがおいしい」
いや、そんな簡単に言われても。
だろ?と同意を求められても、そうおいそれと頷ける事ではないはずなんだが。
「・・・管轄越えって五月蠅くないですか?」
「俺の用事はあくまで別件。中央の目はまだ東部に向いてないと連中に思わせにゃならん。下手に協力要請なんかきて街が物々しくなりゃ嫌でも気付くだろ。奴らのネットワークもそう馬鹿にしたもんじゃないからな。下手すると折角の獲物がまたどっかに潜りかねん」
折角まいた種は大きく収穫しなきゃ意味ないしな。
「しっぽさえ掴めばしょっ引くネタは何とでもなる、ですか」
「そゆこと。まぁ本当に奴が東部に行くかどうかまでは俺も判んなかったけどな」
どのみちこっちも標的になってるのはわかった訳だから、遅かれ早かれこっちには来たけど。
「正式な協力要請の前に、こっちで抑えりゃここの手柄になるだろ。だからだよ」
答えは非常にあっさり返された。いや、内容はともかくあまりに当然の事のように素で言われるものだから、何と返して良いか返答に困る。えーと、とあまり回ってくれない思考を何とかまとめようとする。
「え、じゃ、大佐宛の暗号、アレは?」
「『近いうちに行くから誰か一匹貸せ』」
「・・・・・・じゃ今日来るってのは」
「イレギュラー。やっこさんが動いたから俺はついてきただけだ。向こう出る前に少佐に伝言するよう頼んだが、何の用で俺が来るのかはわかってなかったと思うぜ」
ちなみに噂のやっこさんが今落ち着いてるのはここな、とヒューズは街の歓楽街の外れにある連れ込み宿の一つに印を付けた。
流石に開いた口が塞がらない、とはこのことだ。
つまりは今日たまたまその泳がせてた奴が動いたから、別件装って東部くんだりまでやってきて、あとつけてアジト確かめて、司令部乗り込んできて大佐と打ち合わせなしに素でアレやったんですか。
「適当に合わせてただろ、あいつ。状況の説明はその後の前振りでやったし」
うわー、信じらんねぇ。
あれで現状わかれってか。いや、そりゃ普通無理ですから。
そんな何とも言えない心情がモロに顔に出ていたのか、ヒューズはちらりとハボックを見上げて笑った。
「んな顔すんなよなー。この件片付いたらお前さんたちにゃこっそり特別ボーナスやるように言っといてやるから。それとも今度の全体査定、ちょこっと弄った方が良いか?」
悪びれない。
全く悪びれてない、本当に。
判っていなかった訳ではないが、ここまでとは。というか本当に高級佐官のすることじゃない。
ていうか容疑者懐柔から書類の改竄まで何でもこいか。うちの軍のチェック機構どうなってるんだ。・・・ああ、そうかチェックするのって司令部のトップと会議所・・・ううう。
しばしの沈黙の後、ハボックは盛大に溜め息を付いて見せて、がしがしと乱暴に頭を掻いた。
「あーもう…!ほんっとに無茶苦茶してますね、あんたらは…!」
「まぁ、それなりに色々と」
元々そう真面目なものでもなかったが、完全に砕けたハボックの口調も咎めるでもない。ただ何だかよく判らないがひたすらに楽しそうだった。
あー、ホントどういう事だ、コレ。何か悪巧みに巻き込まれてないか、オレ。
「そう言えばお前さん吸ってたよな、煙草まだあるんだったら一本くれ」
「資料室内火気厳禁ですよ」
貰えるものと疑いもせず伸びてきた手に、本日何度目かの溜め息と共にライターを添えて一本渡せば、
「だったらここの司令官、立ち入り禁止だなぁ」
と彼は笑った。そしてついでのように軽く付け足す。
「あいつにつくとリスク高ぇぞー。しかも返ってくるもんは自分次第」
「・・・すっっっごい損な気がするのは気のせいですかね」
「だからその辺も自分次第」
・・・なるほど。
折角なのでご相伴、と自分も一本取り出し火を付ける。一息大きく吸い込むと、何かようやく落ち着いたような気がした。
「でもお前さんアレだろ」
「何スか」
「わりと嫌いじゃないだろ、こーゆーの」
そう言って振り返って笑った佐官は、物凄く見覚えのある笑い方をしていた。
作品名:コミュニケーション・ブレイクダンス 作家名:みとなんこ@紺