日ベラ小ネタ詰め合わせ
君に届け!
「・・・きゃっち、ぼー・・・る・・・?」
ナターリヤは手渡された野球ボールをまじまじと眺め、首を傾げた。
「ええ、と、ナターリヤさんは、野球、御存じでは・・・」
本田は、首を傾げるナターリヤを見て、困ったように頭を掻いた。運動不足解消に、運動してみないかと言い始めたのは、ナターリヤのほうだった。ならば、と本田は物置からグローブと野球ボールを持ち出してきたのだ。
「・・・知らないし、触ったこともない。見たことは、ある・・・かもしれない。」
「まったくの素人さんということですか・・・」
本田は、はあ、と息をついた。キャッチボールよりも鬼ごっこのほうがいいのかもしれない。
「ば、馬鹿にするな!この球を投げればいいだけだろう!」
ナターリヤはぷんぷんと怒りながら、ボールを持ち、グローブを右手につけた。
「・・・あの・・・ナターリヤさん、右利き、ですよね・・・?」
「・・・この手袋つけてどこまでボールを飛ばせるかを競うゲームだろ」
右手につけたグローブでボールを掴み、右腕をぐるんぐるんと回すナターリヤを見て、本田はちょおおおお、と叫んだ。そんなことしたらどこに飛ぶかわからない。自慢の盆栽が壊れたらどう責任をとるつもりなのだろう。こんなに危なっかしいキャッチボールなんて聞いたことがない。
「やり方がわからないなら聞いてください・・・」
やれやれと頭を抱える本田は、ナターリヤの右手にはめていたグローブを外し、左手につけてやる。
「グローブはボールをキャッチする道具です。で、利き手とは逆の手につけます。ナターリヤさんは右手ですから、左手ですね。」
「・・・・それで、どうするんだ。」
ナターリヤは、もう本田に全て任せてしまおうと、突然聞きわけのいい子供のようになった。心なしか、わくわくしているようにも見える。
「はいはい、じゃあまずはナターリヤさんがボールを投げてください。最初はゆっくりでいいですから。あ、右手で、ですよ?」
「あ、ああ。」
こくりと頷いたナターリヤは右手に持っていた野球ボールを、ていやっと投げた。ボールは本田のグローブに吸い込まれることなく、ナターリヤの足元にてんてんと転がる。
「・・・ナターリヤさん・・・?」
「い、いまのは、間違えただけだ!今度はうまくいく!」
うまくボールが投げられなかったことを恥ずかしく思ったのか、ナターリヤは今のは練習だ!と本田に叫ぶ。グローブの使い方も知らない少女に、きちんと届くようなボールが投げられるとは思っていなかったので、本田は近くに行こうと一歩踏み出した。
「本田、そこを動くな!私がこれから投げるんだからな!」
ナターリヤは意外にも、負けず嫌いだった。
「はいはい。わかりました。じゃあ、今度はもっと肩をうまく使ってみてくださいね。イメージとしては・・・そうですね、腕よりも身体全体で投げる感じです。」
「・・・こ、こうか?」
ナターリヤが勢いよく投げたボールは、本田に届くことはなかったが、先程よりは前に飛んでいた。
「お上手ですよ。次は私が投げますね。グローブを胸の前にかまえておいてください。」
本田は、すたすたと歩いてボールを拾った。その場からナターリヤにボールを投げる。本田の放った球はゆっくりと、ナターリヤのグローブに届いた。ナターリヤは、自分のグローブに入ったボールを見て、目を見開く。
「な、ず、ずるい!なんだこれ!」
「な、なんだこれ、と・・・言われましても・・・。キャッチボールです。」
にこりと笑った本田を見て、ナターリヤはぷんぷんと怒り始める。
「本田のくせに!」
「ナターリヤさん・・・知らないかもしれませんが、私これでも野球は世界一なんですよ?」
困った顔で笑う本田を見て、ナターリヤはぽかん、と開いた口が塞がらなかった。『日本』のベースボールは、確かに有名だったような気がする。というかヨーロッパよりも、アジアやアメリカ大陸のほうがベースボールはさかんである。『ベラルーシ』が知らなくても仕方ない、というか、そんなことには全く興味を持たないのがナターリヤである。
「・・・自分の一番得意なスポーツを選んだ、ってことだろう」
ずるいやつめ、とナターリヤがぶつぶつ愚痴るのを聞いて、本田はふふ、と笑った。
「・・・たまには、格好つけさせてくれてもいいでしょう?」
「うっさいばーか。続き、するんだろ!」
ナターリヤはボールを力一杯投げた。
少しだけ頬が染まったのはきっと、久しぶりに身体を動かして熱くなったからだ。
それ以外に、理由なんて絶対にない。
作品名:日ベラ小ネタ詰め合わせ 作家名:ずーか