日ベラ小ネタ詰め合わせ
世界で一番効き目のある消毒
トントン、と軽快に野菜を切る音が台所に響いていた。
「本田、腹が減った。」
「はいはい、今日のお味噌汁は大根ですよ。」
のそのそと歩いてくるナターリヤはまだ寝ぼけている。服も寝巻のままだ。
「ナターリヤさん、年頃の女性がそんな格好でうろついちゃいけません。早く着替えてきてください。」
本田はナターリヤのほうを見ずに答えた。トントン、と更に大根を切っていく。
「まだ・・・眠いんだ・・・。」
ナターリヤは眠い目をこすって、本田の背中にこてんと体重をかける。
「っ・・・・!な、ナターリヤさん!」
「ん・・・?」
すぐ後ろにいる寝巻姿のナターリヤに動揺し、しかし後ろを振り返ることもできない。本田は顔を火照らせながら、先程よりも早い速度で手を動かしていく。コンコンコンコンと高い音がものすごい速さで台所に響いた。
「・・・は、早く朝御飯が食べたいのでしたら、手伝って頂けますかっ?」
本田は声を裏返し、後ろにナターリヤの体温を感じながら、言った。
「む・・・わかった。待ってろ。」
どうやら手伝うのは嫌ではないようで、ナターリヤは自室に返って行った。しばらく経つといつもの濃紺のワンピースに着替えてこちらへやって来る。
「よし、何をすればいい?」
やる気満々といったように、ナターリヤは長い袖を腕まくりしながら聞いてくる。眠気より食い気、ということだろうか。
「ええと・・・じゃあ、サラダに使うきゅうりを切っていただけますか?ナターリヤさんは確かナイフの使い方は手慣れていると仰っていましたよね?」
「ナイフは使い慣れているが、包丁を使うのは初めてだぞ・・・。」
ナターリヤは包丁を縦に持って、まじまじと見つめた。すごく危ない。危険。そしてとても不安。しかし本人がやる気なのだし、手伝えと言ったのは自分なのだからと本田はやっぱり、という言葉をどうにか押さえた。
「う、・・・うう・・・」
ナターリヤはおそるおそる、とん・・・とん・・・とゆっくり包丁を動かしていった。まるで漬物に使うような分厚いきゅうりの輪切りがごろごろと転がる。本田は、内心汗をかきながらも、一応切れているのに安心し、自分のすべきことをしようと目を離した。
ざくっという鈍い音と、ナターリヤの声が聞こえたのは同時のことだった。
「い、っ・・・・!」
驚いてナターリヤのほうを見ると、指から血がでていた。切ってしまったようだ。
「な、ナターリヤさん!大丈夫ですか!」
「・・・問題ない。ちょっと切っただけだ。」
動転する本田とは対照的に、ナターリヤは至って平然としていた。
「ちょ、絆創膏、絆創膏!」
「大丈夫だって。舐めときゃ治る。」
「そうですね、消毒しないと!」
そう言ってから、本田はナターリヤの指を口に咥えた。突然のことに、ナターリヤは少し時間をかけて何が起こっているのか理解してから、声をあげる。
「う、うあああああああああ!」
「な、なんでふか?いたいんでふか、ナターリヤしゃん!」
ナターリヤの指を舐めながら話しをする本田。サ行がうまく話せないようだ。
「い、たいとかじゃなくて!な、なにやってるんだ!ばか!」
「何って・・・消毒?」
平気な顔で首を傾げる本田に、ナターリヤは、かああああと耳まで顔を赤くした。
「っ・・・・っつ!このっ変態!」
ナターリヤは本田に掴まれていないほうの手で本田を叩いた。ぐふっと声をだして本田がその場に倒れる。
結局、朝御飯を食べ始めたのはいつもより一時間も遅かった。
作品名:日ベラ小ネタ詰め合わせ 作家名:ずーか