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きょうだいでいるということ

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「それこそどういうつもりで言ってるの、アルフレッド?」
 けれど、久しぶりに訪ねてみた兄弟の部屋で、アルフレッドは僕を快く迎え入れるその手で荷物をまとめていた。二つの全く別の意味を持つ動作を平気でやってのけた。あんまりにアルフレッドの中で物事が勝手に進みすぎている。
 僕に一言もなしに?彼のいないときに?
 気づいたときには、僕は言いたかったことの一切をすっ飛ばして、ただ弟の頭一つ上にある青い目を見上げ、おそらく全ての始まりの理由を尋ねて――咎めていた。
 きみは僕の背丈を抜いたときから、こうなる日を見据えていたのだろうか。
「解るだろう、マシュー。解らないとは言わせない。俺の兄弟なら、どうして俺の方が背が高くなったのかなんて知っているはずだ」
 たくさんのものに興味を持って、一人で生きていけるように知恵を絞ること。彼がしてきたことは、そのまま、いつかここを離れてしまうことにつながるって、どうして分からなかったんだ、僕は。
「っ……知ってるよ。ずっと一緒にいたから。いろんなことを知ってる。きみがどんなにアーサーさんに愛されているのかってことも」
「愛? ああ、あれをそう呼ぶのならね。でもあれは違う」
「きみは自分が愛されているとわからないからそんな風に彼を苦しめて――」
 アルフレッドばかりが穏やかに言葉を返す空間に耐えきれず、僕は語気を荒らげた。大人びた兄弟の分まで叫ぶように。
「それで何か得られるのかい?無くすばっかりじゃないか!だいたいきみは、何だよあの態度!昨日の!アーサーさんの言ったことになんて全部反発して。それできみは楽しかった?やっぱりきみはわかってなんかないさ、愛されていること。きみがああすることでどんなに彼が傷つくのか考えていたら、――彼はあのとき誰にされるよりも酷く、きみによって傷ついていた」
 ひと通り怒鳴り散らした声が、がらんどうの部屋で余分に反響した。どうしてかそれは、壁に吸い込まれるのではなく、跳ね返っては僕にばかり刺々しくぶつかってきたようだった。
 ああ、大人になりきれないのは僕だけだ。大好きな兄弟を詰って、その心苦しさに二の句が継げないままの、子どもだった。
 そして、そんな子どもの僕の言葉の意味するところを的確に汲み取った兄弟は、僕よりもずっと大人で、昔からそう、憎らしいくらいに愛しい、雰囲気を読まないやつだった。アルフレッドは僕より自分に対してまっすぐで、妥協がないから、僕が隠したつもりの本音だって直ぐに見つける。
「マシュー、君は彼に愛されてるさ。十分に」
 見抜いた上で無視するか、指摘するか、はだいたいいつも僕の望みと反対の方ばかり、だ。
「……? 何言ってるんだい? 今はきみの話だよ」
 アルフレッドは鍵を掛けたトランクの取っ手を掴むと、縦にして置き直した。膨らんだ表面の皮には細かなかすり傷があるけれど、丈夫なトランクは中身の多さに壊れる気配もなくしっかりと立った。そのままアルフレッドは、部屋を見渡し、今度は必要なくなったものをぽいぽいと木箱に詰め込み始めている。
「アルフィ、話を、」
「……もしアーサーを試したいのなら俺のところへおいでよ」
 ぼろぼろの本を投げ込む手を止めて、兄弟は僕を見た。僕がアルフレッドを詰った形跡は、もうどこを探しても見つからず、彼の青い目は動揺のひとかけらもなく静かに澄んでいた。
 迷いの無い目が、迷いの無くなっている目が、どうしようもなく悲しいし、恐ろしい。アルフレッド、まるで手遅れみたいじゃないか。
「試す? 何を? どうして? 僕は彼を信じるだけだ。試すなんて、……僕が知りたいのはきみのことなのに。きみがどうして今の彼を受け入れないのか、それだけだよ」
「違う。君は俺の先にアーサーを見ながら今も俺に話しかけているんだ」
 彼は牽制するように、がらくたを詰めた箱にガァンと蓋をした。
 僕はびくりとして口を噤む。
――羨ましい、と、思っていた。
 家を出ていくと告げられた彼の取り乱した顔や、恐怖さえ見える揺れた目をよく憶えている。
 あれは、裏を返せば、それだけ離れて欲しくない、愛しているってことだ。
 愛の形はたくさんある。どうしても相手を離さない自分本位さも、相手のこの先を思って離れるのも、等しく愛しているということだ。注がれる人がどう思っても、やり方がどんなに違っても、思いは同じくらいに強い。
 ただ、僕が注がれるのはいつも、親切な、適切な、やさしさしかないような愛情だったから、執着してまで愛されている兄弟が――奔放ゆえにアーサーさんから目を離されないアルフレッドが、羨ましくて、憧れだった。そんなアルフレッドに与えられる彼の愛の形そのものも。
 望んでも手に入らない、僕の憧れだ。