鬼の腕
外は雨が降っているらしい。
新八はもう何時間もそうして畳の上にいたような気がした。しかし、先ほど手足を縛られてからそんなには経っていないはずだ。意識がもうろうとしてきた。沖田に押さえられ無理矢理焼酎のお湯割りを飲まされていた。手足の自由をを奪われ、血の巡りが悪くなったのか思考力が低下しているのが分かった。
「そろそろ話して下せえよ。あの船の中で何があったか、旦那と高杉の関係も含めてね」
「船って、何ですか」
うつろな目で見上げる新八の頬を沖田は指の腹だけでそっとなでた。酒で火照り暖かいはずのその手は、なぜか全く暖かみ感じなかった。
「あーあ、あんまり俺を苛立たせない方がいいですぜ。俺は何度も説明するのは嫌いでねえ」
新八が歌う様につぶやいた。
「空に、お船を浮かばせてー」
沖田がコップを手にすると新八の鼻をつまみ、口に焼酎のお湯割りを注いだ。
「足りねえようですねえ」
気管に酒が入ったのか、新八がむせてゴボゴボと酒を吐いた。
「あーあーもったいねえなあ。きちんと飲みなよぉ」
沖田はコップに残った酒を飲み干し、手早く酒とお湯を空のコップに注いだ。倒れた新八の前髪をつかみ頭だけ上に持ち上げ笑いながら言った。
「なんなら、口移しで飲ませてあげやしょうか?」
無邪気に笑う沖田を見て新八はぼんやりと言った。
「ファーストキスが真選組なんて、銀さんに笑われちゃうよ」
沖田の目がすうっと細くなった。顔を赤く染め、先ほどよりもっと赤くなった自分の唇をぺろっとなめた。赤い舌がチロッと見えたような気がした。
「女、まだなんだねぇ、新八さん」
艶かしい言い方に新八の首筋ががさっと冷たくなった。
(なにかまずい事を言ったかもしれない)
「俺はねえ、こういうのは嫌いなんですよねえ」
沖田の手がゆっくりと新八の着物の胸元に手をやり、すすっと下ろして上半身をあらわにした。新八が目を見開いていると沖田が新八の鎖骨のあたりをなめた。その舌の感触を新八は気持ちいいとは思わなかった。
(蛇になめられたようだ)
「だって、気持ちいいんじゃあ、拷問にならないですよねぇ」
沖田がにっこりと微笑んだ。無邪気な笑顔に見える。
新八は思わず苦笑した。
「それもそうですね」
沖田はその笑顔を崩さなかった。
「でもねえ、中には男に屈辱的に蹂躙される事が痛みより苦痛に感じるヤツもいる。新八さんは」
今度は少し長めに新八の首から耳の後ろまで舌を這わせた。先程よりも熱のある舌は、新八に嫌悪感だけではない得体の知れない感覚を与えた。
「どっちでしょうねえ」
そう言って頭を胸の方まで移動させると、がりりっと胸の柔らかい部分に歯をたてた。
「っつ!!」
突然の痛みに新八が思わず唸る。顔を上げ、今度は耳元に顔を近づける。
「これにはもう一つ嫌な事があってねえ。俺は対象に自分の痕跡が残るのが嫌なんですよ。歯形とか、唾液とかね」
顔を上げ新八と目を合わせる。ほほは紅潮し、笑顔は妖艶でまがまがしかった。
「ゴミ野郎の体内に自分の体液をぶち込むなんて、考えられねえ」
そう言って耳たぶをきつく噛んだ。
「い、痛い!」
新八はたまらず声を上げた。その声を聞いて今度は腕の方に頭を移動させ二の腕の内側を噛んだ。新八は奥歯を食いしばって声をあげなかった。強く噛まれたその部分にはうっすらと内出血の跡があらわれた。
「でも今日は頑張ってみようかねえ」
新八の両肩をつかみ、つめを立て力を込める。その仕打ちにさらに奥歯を噛みしめた。
「だってねえ、新八さん、俺、もうたまんないんだもの」
アルコールが水分を奪ったためか新八の喉はからからだった。
「あんたみたいなウブなくそガキが、初めて人を斬った所を想像すると仕事を忘れちまうんですよ」
新八は仰向けにさせられた。
「痛いよりは良いでしょ。気持ちよくしてあげますぜ」
袴をたくしあげられ、膝は左右に押し広げられていた。
沖田は執拗に新八の太ももの内側をなめ、強く歯をたてていく。新八の顔は痛みと屈辱で真っ赤になっていった。かろうじて声は出さないが、唇をきつく噛み締めているうちに、渇いた唇が切れ、唇を舐めると口の中に鉄の味が広がっていった。沖田の舌の熱がおさまる事はなく、太ももの内側や根元の辺りをなめられると新八に痛みとは違う感覚が襲う。
しかし、なめると同時に強く噛まれるので今は痛みの感覚の方が勝っていた。
(これ以上おかしくなる前に何か違う事を考えよう)
何か考えていないと、この少年の言いなりになってしまいそうだった。新八の脳裏に銀髪の男と、白い肌の少女がこちらを見て笑っている姿が浮かぶ。
(今日は神楽ちゃんにグラタンを作る予定だったんだ。材料を道場に置いてきちゃったな。最初にホワイトソースを作って、それからタマネギを炒めて・・・)
自分が作ったグラタンを口いっぱいにほおばって、何度もおかわりをする少女の顔を思い浮かべた。新八はその姿を思い出して笑っていたが、目からは涙が出ていた。
(会いたい。みんなに会いたい)
「楽しかったみたいですねえ。船の中は」
新八の様子に気がついた沖田が体を起こし、顔を新八の上半身へと移動させた。二人の視線が合うと、新八が無理に笑顔を作った。
「ああ、神楽ちゃんがねぇ、グラタンを・・・」
バシッ、バシッという音が聞こえると共に新八のほおに痛みが走った。沖田を見ると怒りで顔が歪んでいた。唇をきつく噛むその表情に先程の妖艶さはなかった。
「あんたの旦那が白夜叉だって事は分かってるんでぃ」
沖田が言った白夜叉という言葉に新八は聞き覚えがあった。初めて桂と出会った時にそんな呼び方をしていた事を思い出した。
(でも僕はそんな人知らない)
「銀さんは、銀さんですよ」
口から出た声の弱さとは反対にその言葉は新八の体の芯を真直ぐ力強くさせた。沖田は眉間にしわを寄せ、新八の肩をグッとつかんで持ち上げ膝立ちさせた。新八は体を横たえていたかったが、先ほどの攻めを受けるよりはずっといいと思い抵抗はしなかった。沖田は自分の気持ちを落ち着かせる様にふうっと一息吐いた。
「昨日ねえ、新八さん。面白い人に会いましたぜ。その男は白夜叉を知っていたんでさぁ」
新八は再び桂の顔を思い出した。
(あの人のはずがないな)
「昔、勢いに任せて攘夷志士になってみたものの結局若気の至りでした、って今はすっかり堅気になった男でねえ」
新八には急に話を変える目の前に少年の意図が、すぐには分からなかった。
「その男、白夜叉と一緒に飯を食った事があるって言ってやしたねえ」
(僕だって銀さんとご飯食べるよ。神楽ちゃんと姉上とみんなで一緒に)
新八の思考能力は低下していた。楽しい事だけを考える様になっていた。
「でもねえ。最初は意地ぃはってしゃべらなかったんですよ。白夜叉という名前も、坂田銀時、っていう名前も」
沖田の手に力がこもった。
「どうやって話す様になったか、聞きたいですかい」
新八が頭を振った。
(拷問はねえ、真選組の十八番だ)
先程ささやかれた言葉を思い出す。しかし沖田の発した"白夜叉"という言葉が新八の覚悟を決めさせた。
(どこまでも耐えられる。あの人のためだったら・・・)