鬼の腕
神楽がコンビニから帰ると、道場の前に傘をさした男が立っていた。
黒いスーツと首元に白いタイ。
神楽の全身の血が沸き立った。
(コロス)
夜兎の血をこれほどありがたいと思った事はなかった。
手に持った袋を地面に置き、神楽はさしていた傘をとじて男に向かってまっすぐ走っていった。
「うおおおおおおっっっ!」
男の3メートルほど手前で飛び上がった。
「沖田ああぁぁぁぁ!」
手に持った傘を振り上げ、男めがけて振り落とした。
ボキボキ。
派手な音が辺りに響く。
(手応えが軽すぎるネ)
神楽が辺りを見回すと、いつの間にか沖田が刀を抜き構えていた。
二人の間には沖田がさしていた傘の破片が落ちていた。
「チャイナぁ、闇討ちは黙ってするもんだぜぇ」
「ぶっ殺すネ」
「あららぁ、ぶっ殺そうとしたのかぃ?可愛い顔して物騒だねえ」
「新八に何したネ」
夜兎族特有の白い肌は今、赤く染まっている。
「何をしたって言われてもねえ。お子様には、刺激が強すぎて言えねえな」
きゅっと沖田の口の端があがった。
こんな風に残忍に笑えるやつを、神楽は一人だけ知っていた。
「俺は、自分の仕事をしただけですぜぃ」
「普段仕事なんてしないくせに、今回はずいぶん熱心アルネ」
「仕事を選ぶんでね。今回のは楽しかったなあ」
二人が話すたびに口元から白い息が吹き出す。
「チャイナ、お前のその血が何を欲するか、俺にはよぉく分かるぜ」
それと戦っている神楽は、今その血にまかせて沖田に斬りかかっていた。沖田は太刀筋を見切って軽く後ろに下がる。
「お前の事が嫌いな理由が分かったアル」
「へえ、おれ嫌われてたんだぁ」
「お前は兄貴と同じ匂いがする」
(忘れない。パピィーの腕を斬り落とした白い肌の少年を)
「おいおい、興奮すんなって。アルが抜けてるぜぃ」
沖田はおかしそうに笑って刀をさやに戻した。
「人を斬った後は、無性に喉が渇かねえか?」
思わぬ行動に神楽も傘をおろす。
「新八さんはねえ、しきりに水を求めてたぜ」
沖田は水を飲む新八の姿を思い出した。喉を鳴らして浴びる様に飲む姿は昔の自分と重なっていた。
(俺も、そうでしたよ)
「新八さんは似蔵を斬って以来、ずっとおかしかったんじゃねえですかねぇ」
沖田が唇をなめた。
「俺達があんた達の所に行くよりずっと前から」
神楽は唇をキュッと噛んだ。沖田の言葉は、新八の変化に気がつきながらそこから逃げていた自分の事を責めている様に聞こえた。
「総悟、今日の用事はけんかじゃねえ」
土方が神楽の来た方向から傘をさして歩いてきた。沖田が神楽の横を通り過ぎ土方の脇に立った。
「そうでしたね。チャイナ、新八さんか旦那はいるかぃ」
「新八は今眠ってるアル。邪魔するな」
「じゃあ旦那」
「銀ちゃんは痔で卒倒してるアル」
(今ここで自分が盾になって二人を守るネ)
木戸が開く音がして神楽が後ろを振り返ると、銀髪の男が立っていた。
「もっとマシな病気にしてくれよ。よりによって痔かよ」
「銀ちゃん!」
道場の木戸から出てきた銀時は土方と沖田の二人を交互に見た。
「何しにきた、狂犬ども」
雪はもうやんでいた。
「万事屋。坊主にしたことは悪いとは思うが、仕事だからな。謝らねえよ」
そう言われた銀時は銀髪を振り、あきれた様に言う。
「善良な市民を拷問にかける事がおまわりの仕事とは、世も末だねえ」
土方の目の奥が光った。
「善良な市民なら何もしねえ。でもなあ、攘夷志士は違うぜ。一人残らずブッ潰す。これが俺たちの仕事だ。覚えておけ」
銀時が腰に差した木刀に手をかけベルトから抜き構えた。
「うるせえ、お前らの仕事なんて知りたくねえよ」
「高杉はお前のなんだ」
銀時はもう我慢できなかった。
(どいつもこいつも)
「おめえに言う必要はねえ」
「言わねえと、もっとひどい目に遭うぜぃ」
沖田が刀を抜いた。
神楽も傘を構えて対峙した。
「お前が過去に高杉、桂と関わっていたのは調べ済みだ」
(どいつもこいつも!)
銀時の目が険しくなる。
「過去は燃えないゴミの日に捨てた。知りたかったら清掃局にでも問い合わせるんだな」
「つまんねえな」
土方も刀を抜く。
「もっと本気出せよ、白夜叉」
誰もがじりじりと間合いをつめていった。
「銀さん」
緊張した空気を切る様に透き通った声が響いた。銀時は構えを崩さず木戸から出てきた人物に言った。
「新八、出てくるなって言っただろ」
新八が肩に羽織をかけ、寝間着のまま立っていた。
「僕が」
肩にかけていた羽織をするするっと脱いだ。
「僕がやります」
手には刀を持っていた。
「そんな物、坊主みてえな子供がもってちゃあ怪我するぜ」
土方の挑発に新八は笑みを浮かべる。
「何でも刀で解決しようとするそちらに合わせてみました」
土方がにやっと笑って刀をさやに納めた。沖田の口は、にいっとした形に動いたが笑ってはいなかった。
「生意気な事言うなぁ、くそガキが。土方さん。あのくそガキ、殺っていいですかねえ」
土方は脇によけ、あきれた様に言った。
「殺すのはだめだ」
「じゃあ、死なねえ程度に」
銀時と神楽はまだそのままの体勢だった。
「銀さん、神楽ちゃん、どいて」
その言葉に神楽が大声で叫んだ。
「うるさい馬鹿新八!こいつはアタイがやるんだよ」
「いや、僕がやる」
新八は短く力強くはっきりと言った。銀時が木刀を下ろし神楽の肩をポンポンと叩いた。
「こっちに来い」
「銀ちゃん!」
眉毛を八の字にした神楽が銀時の方見ると、その顔は笑っていた。
「安心しろ、新八はやればできる子だよ」
後ろから来た新八も神楽の肩に手をやる。新八の手は熱かった。
「新八ぃ・・・」
「僕が決着をつけないと駄目なんだ」
新八の言葉に神楽も黙って銀時の後に続いた。
「神楽ちゃん、ありがとう」
「勝たないと許さないアル」
「うん」
新八はそこから二歩前に出て、左足を前にし、腰を落とす。左手に刀を握り、右手を刀のツカの近くに添えた。
沖田は新八の方へ刀の切っ先をむけて構えている。
「言っとくけど、居合いで俺にかなうと思うな。抜けよ、くそガキ」
「刀は抜いたらおしまいだって、教わらなかったんですか」
くつくつと笑う沖田を新八はまっすぐ見つめていた。
「人を斬るのに刀抜かないでどうするんですかねぇ。だからとり憑かれるんだよ。斬ったやつに」
新八は黙って沖田を見据えている。鼻から白い息が規則的にあがっていた。
「おめえみてえなくそガキに、刀なんて100年早えんだよ」
沖田はなおも新八を挑発する。
「ねえ、そんな物騒な物持つのやめてさあ、またあすこで、いいことしようよ。あんたにお似合いだぜぇ」
沖田の発する殺気に色がついた。
「足おっぴろげてさあ、立っちまうくらい気持ちよかっただろ」
沖田の言葉が新八には不思議と耳に入ってこない。目の前にあるのはどこまでも続く闇。
しかし、新八は怖くなかった。
沖田の姿だけがはっきりと見える。耳に入るのは雪の中で聞こえる静けさの音だけだった。
「おめえこそゴリラの番犬らしく、しっぽ振って見回りでもしてろよ」
新八の後ろから銀時の声がした。
「ああ、振ったのはしっぽじゃなくて、ケツかあ。一番隊長の座はそのケツで取ったんだろ、かわいこちゃん」