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はるかに長い、坂の向こうに

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そのころアルフォンスは、全ての校舎の見回りを終えてマスタングに報告を済ませ、3階にある生徒会室に戻り帰る支度をしていた。
「だいぶ暗くなってきちゃったなぁ。姉さん、もうだいぶ先まで帰ってるんだろうな」
どうせ帰る場所は同じなのだから、待って貰って一緒に帰るんだった。ひとりごちてため息をつく。
アルフォンスの居る校舎からは広い校庭が見え、その先には自転車通学の生徒の間で『心臓破りの坂』とあだ名されている長い坂道が見える。
「どこまで帰ってるかな…走って追いつける距離なら良いけど」



男勝りなエドワードは歩き方にも性格が表れていて、スカートだろうがジーンズだろうが、歩幅がずいぶんと広い。
長い金髪をポニーテールにして歩けば、その名の通り動きにつられて金色のしっぽが右へ左へと揺れる。
けれどその髪に手を伸ばして指を絡め、細い肩を抱きしめたいと思い始めたのはいつからだっただろうか。
(姉さん、自分が可愛いことに全然気づいてないんだもんな)
アルフォンスはずっと前から、密かにエドワードのことを誰よりも想っていた。
がさつだとか乱暴だとか、マイナスのイメージが目について気づかれない事が多いらしいが、アルフォンスは自分の姉がかなりの美少女であることを知っている。
友人に言えばそれはただの身内びいきだと笑われたけれど、その気持ちが覆ったことは一度もない。
ただ、誰も知らないだけなのだ。
粗野でぶっきらぼうだと言われるあの姉が、本当は家事をほぼ完璧にこなせるほど家庭的で、とても優しい人なのだということを。
アルフォンスが学校に持ってくる彩り鮮やかな弁当も、じつは毎日エドワードが早起きして作ってくれているのだと。
───自分だけの秘密にしておきたいから、誰にも話したりはしないけれど。






「ん?」
何の気なしに窓から校庭の向こうを見ると、小さな影がこちらに向かってくるのが見えた。
(あれは───姉さん?)
少し前に校門を出て行ったはずのエドワードが、何を思ったのか学校に戻ってきたのだ。
「どうして、戻ってきたりなんか…」
そう呟いた直後、彼女を追いかけるように校庭に二人組の男が現れた。
エドワードは時折後ろを振り返りながら、懸命に校庭を走り校舎へ向かっている。
しかしどう考えても、3人で仲良く追いかけっこしているようには見えない。
「まさか…」
あれが、最近噂になっている変質者だろうか。


陸上で鍛えた俊足の持ち主であるとはいえ、女のエドワードが男二人を振りきるのは難しい。
男達は一定の距離を保ってエドワードを追っており、まだどこか余裕を残しているようにも感じられた。
ということは、わざと彼女の後ろを走り続け、エドワードのスタミナ切れを狙って襲うつもりなのだろうか。

校舎の建てられた構造上、職員室から校庭の様子を見ることは出来ない。
つまり、今の状況が解っているのはアルフォンスただ一人。




───エドワードと男達の距離が、だんだん縮まってくる。
アルフォンスはスポーツバッグタイプの学生鞄を手にし、生徒会室を飛び出した。








普段は何とも思わない距離の廊下ですら、今は長く感じてしまう。
階段を下りるのももどかしく、アルフォンスは階段を一段飛ばしにして最初の踊り場へ降り立つ。
その踊り場も最短距離で横切りて次の階段へ向かい、最後の階段は途中から手すりを乗り超えて下に飛び降りた。
(あんなヤツに、姉さんを傷つけさせない)
エドワードが校舎から出るまでに出会ったのは、アルフォンス一人。
そう、彼女はアルフォンスに助けを求めて、ここに戻ってきたのだ。




弟としての、姉への庇護感だけではなく。
単純な正義感だけではなく。
───ひとりの男として。

ただひたすら、エドワードを助けたいと思った。








「───やだっ!離せっ!!」
足が縺れて転んでしまったエドワードを、男達が押さえつける。
「へっ…追いかけっこは終わりだよ、エドワードちゃん」
「もう逃げられないぜ?」
「離せ、っつってんだろ!」
がむしゃらに手足をばたつかせると、肩を押さえつけようとしていた背の低い男の額にエドワードの右肘が当たった。
「たっ!…この……いい加減おとなしく足開け!」
思いがけずダメージを与えることが出来たようだが、今度は背の高い男がエドワードの着ていたギンガムチェックのシャツに手を掛けた。
「やああぁっ!」
無理矢理左右に押し開かれ、ぶつりと音を立ててボタンがはじけ飛ぶ。
「やだぁっ!…アル…アルフォンス、助けて……っ!」
たまらずエドワードが叫んだ瞬間、背の低い男が横に吹き飛んだ。