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はるかに長い、坂の向こうに

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アルフォンスが生徒玄関に出ると、エドワードは倒れ込んで男達に押さえつけられていた。
まだ何とか抵抗しているが、時間は余り保ちそうにない。
言いようのない怒りがこみ上げ、アルフォンスは自分のスニーカーを掴んだ。
試験期間で教科書の入っていない、ほとんど空っぽになっている鞄の中にそれを無造作に突っ込んで、上履きのまま校庭に駆け出た。
ほとんど半狂乱になって手足をばたつかせていたエドワードの肘が、背の低い男の額を打った。
「やだぁっ!…アル…アルフォンス、助けて……っ!」
痛みに慌てて体を起こした背の低い男が身を起こし、そこで漸くアルフォンスが駆けつけていることに気づいた。
───が、時既に遅し。
アルフォンスは一瞬だけ立ち止まって大きく振りかぶり、自分の学生鞄を背の低い男めがけて思い切り投げつけた。



顔面に学生鞄をぶつけられた突然の衝撃に、背の低い男はどさりと校庭に倒れ込む。
「───が、がは…っ」
ぶつけられた拍子に鞄の金具が当たったようで、口から血を流している。
おまけに倒れた時に頭を打ち付けたのか、倒れ込んだままぴくりとも動かない。
「な、なんだてめえ…邪魔するのか!?」
「…大いに邪魔させて戴きますよ」
呆然と背の低い男を見やった背の高い男は、次の瞬間もの凄い力でエドワードの上から引き離された。
「───ひとの姉を捕まえて、何やってるんです?」
「ぐ、あ……っ」
自分とさほど背の変わらない、背の高い男の胸ぐらを掴んだアルフォンスは、数秒で呼吸を整えると片手だけで易々とその体を持ち上げる。
「ずいぶんと良い度胸をしていらっしゃる。身の程を知るんですね」
「ア、ル…っ」
「ん、もう大丈夫だよ、姉さん」
地面から何とか上半身を起こしたエドワードに、アルフォンスはいつも通りの穏やかな笑みを向けた。
けれど再び背の高い男に向けられたのは、ぞっとするほど恐ろしい笑み。
「あんたらみたいな下衆が、触れることを許されるような人じゃないんですよ。ご理解頂けますか?」
丁寧だが地を這うような低い声で言い放ち、掴んでいた胸ぐらをぽいっと放す。
無様にしりもちを付いた背の高い男は、恐ろしさの余りがくがくと足を震わせていた。
それに構わず、アルフォンスはエドワードの隣に片膝をついた。
「…姉さん、よく頑張ったね」
「───っ、こわ…かった……っ」
ぽん、と肩を叩かれてほっとしたのか、エドワードは堰を切ったようにぼろぼろと涙をこぼし始める。
縋ることを迷うように地面の上で握りしめられた拳を、そっと取り上げる。
「もう、大丈夫だから」
「ふ、う……っく」
華奢な肩を抱きしめると、嗚咽を堪えるように大きく肩を震わせながらしがみついてくる。
宥めるように背中を撫で、アルフォンスは姉の衣服にまとわりついた砂埃を軽くはたいてやる。
そしてふと、彼女の右膝が擦りむけていることに気づく。
「…ああ、ケガしてるね。保健室閉まっちゃってるし、家に帰ったら消毒してあげるよ」
立てる?と聞きながら、小さく頷いたエドワードをそうっと立ち上がらせる。
右手に拾い上げた学生鞄と姉のトートバッグを持ち、左手でエドワードの肩を抱き、アルフォンスは男達に背を向け校門へ向かって歩き出す。




背を向けて、両手もふさがっているということは。
…相手に無防備な姿をさらしている、というのと同じこと。






「───ち…ちくしょう……っ!」
背の高い男が、ズボンのポケットからサバイバルナイフを取り出した。
「死にやがれこの野郎……っ」
逆上しヒステリックな声を上げて、アルフォンスに向かってナイフを突き出す。
「や、アル…っ」
気づいたエドワードの叫びもむなしく、アルフォンスは逆上した男に背中を刺される───はずだった。


「ああもう、危ないなぁ」
ナイフがアルフォンスの背に刺さるよりも早く、彼の足が背の高い男の手を振り向きざまに蹴り上げていた。
サバイバルナイフは宙を舞い、地面へと墜落し。



そのまま何事もなかったように姉の肩を抱いて歩き去るアルフォンスの背後には、手首の骨を折られた痛みにうめく男の姿があった。