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はるかに長い、坂の向こうに

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夕方と同じように、少しぬるめのシャワーを、頭から浴びる。
汗と一緒に、夢の中で感じた嫌な感触も全て流してしまいたかった。


「…大丈夫だって、思ってたんだけどな……」
だって、ソファでうたた寝しているときには何の夢も見なかった。
洗いざらしたシーツにくるまって、ひだまりの中で丸まっているような、優しい気持ちで眠っていられたから。
どうしてあんなに、安心して眠っていられたんだろう。
(…なんでだろう)
不思議に思って、エドワードはうたた寝していたときの状況を思い出す。
夕飯の後かたづけを一緒にして、アルフォンスが風呂に入るといって部屋を出て。
一人になったエドワードは、テレビを見たり雑誌を読む気になれなくて、こてんとソファに転がって。
何の気なしに、シャツの襟元に鼻先を寄せたら。
ふっ、と何かの匂いがかすめて、その途端にひどくほっとしたのだ。
ああ、すげぇほっとする、とか思っているうちに意識が遠のいていって、アルフォンスに声を掛けられるまでぐっすり眠っていた。
眠っていたのは、時間にしてみれば15分程度のもの。
だけどとても気分はすっきりしていて。
どうしてだろう、ともう一度思ったとき、唐突に答えにたどり着いた。
(そっか、アルに借りてたシャツだ)
帰り道の途中で着せられた、弟の開襟シャツ。
最初はサイズが合わないと文句を言っていたのに、着心地がとても良くて。
なんとなく返せなくて、寝る直前に着替える時まで、ずっと借りたままだった。

シーツの感覚は、さらりとしたシャツの肌触り。
ひだまりは、アルフォンスの持つ穏やかで温かな雰囲気。
掠めたのは、彼の残り香。

『家族』になったときからずっと一緒に過ごしてきた、弟の匂いにくるまれて。
あのシャツが、アルフォンス本人が傍にいない間もずっと、エドワードを守ってくれていたのだ。




───そして、先刻も。
悪い夢に魘されて、助けを求めたエドワードの声を、アルフォンスは逃さず聞きつけて。
恐怖に苛まれ怯える意識を、引き上げ助けてくれた。



『約束する。ボクがずっと、守るから』
怖いのだと怯えて叫んだエドワードに言った、アルフォンスのまっすぐな、綺麗な瞳。
あの時きっと、彼は『弟』の自分を捨てたのだ。
エドワードのために。








どうすれば、アルフォンスのくれる気持ちに応えられるのだろう。
この先もずっと姉弟として、想いを隠して生きるはずだった自分を、好きだと言ってくれた彼に。



ただ好きでいるだけでは、きっと彼の想いに応えきれない。
こんなにもオマエが好きなんだ、と。
ただそのまま、言葉で伝えるだけでも足りない。
こんな自分に残っている、確かなものは何だろう。






ぬるま湯の雨の中、エドワードは胸元で両手をきゅう、と握りしめる。
震える息を吐き出して、彼女は自分の心を決めた。