目に見える形
事の始まりは、少し前に遡る。
「聞いてくれ、臨也。僕は今とても幸せな気分なんだ!」
久方ぶりに訪れた一応友人の闇医者の家で、臨也はその友人、岸谷新羅のヤケに幸せそうな顔を見て思わず眉をしかめた。
(……新羅がこういう顔してる時って、大抵良いことがあった試しがないんだよね)
今日は来なければ良かったかと思いつつ、しかし今日は静雄とやり合って怪我をしたので治療はして欲しい。
なので黙っていると、新羅は全く臨也の様子など気にした風もなく話を続けた。
「今日ね、今日私は今とても幸せなんだ!だって、ほら、これ見てよ!」
「……何コレ」
新羅が幸せそうな顔で差し出してきた紙を見て、臨也は目を丸くする。
それは所謂、婚姻届という紙で、しかもその紙にはしっかり新羅と、そしてセルティの名前が書き込まれていた。
ご丁寧に判まで押してある。
「見て分からないかい?婚姻届さ!」
「いや、見たら分かるけど。こんなの書いたって、提出できないじゃん」
セルティに戸籍などがあるわけもなく、というか人間ですらないのに結婚など出来るはずもない。
臨也にしては至極まともな意見を述べたのだが、しかし新羅は誇らしげな顔をしていた。
「はは、別に初めから提出することが目的じゃあないよ」
「じゃあ何で書いたのさ?」
「これはね、つまりは僕とセルティの想いの証しなのさ!例え提出することは叶わなくても、この紙に私とセルティの想いを綴ってある。言わば僕とセルティの、二人の大切な気持ちを形に、そう繋がりとして残したという訳なんだよ」
「……ふーん」
そう言って、幸せそうに更に延々と惚気話を続ける新羅を見ていると、何故か非常に腹立たしかった。
いっそ、その婚姻届を目の前でビリビリに破いてやろうかと思えるほどだった。
しかしまぁ、そんなことをしてイチイチ恨みを買うのも面倒なので臨也にしては辛抱強く新羅の話を聞いていたのだが、次の新羅の言葉でそんな気持ちもどこかへ飛んでいってしまった。
「まぁ、臨也は一方的な愛だからきっとこんな風に想いを形にはしてもらえないだろうけどもねぇ」
「……新羅。俺にだってね、相思相愛の人くらい居るよ」
「え、臨也にそんな人が居るのかい?臨也、それは残念だけれど勘違いってやつだよ、きっと」
「ねぇ、さっきから死にたいの?」
真剣に臨也は苛立ちを露わにして新羅を睨み付けるが、新羅は全く気にした風もなく笑い続けるのだった。
(……あー、本当腹立ったな。シズちゃんほどじゃないけど、新羅も理屈が通らないから苦手だ)
治療も終わり、いい加減鬱陶しい新羅に早々に別れを告げて臨也は帰路についていた。
しかし思い出すのは先程の新羅の幸せそうな顔。
それを思い出す度に、新羅への殺意が胸を過ぎる。
(……俺にだって、ちゃんと居る)
そう、臨也にだって相思相愛の人物が居る。
と、臨也は信じている。
「……帝人くんの家、寄って行こうかな」
そう呟いた臨也の手には、新羅から余ったからと押しつけられた白紙の婚姻届が握られていた。
だがしかし、その願いも、わずが数十分後に打ち砕かれることを、この時の臨也はまだ気づくよしもなかったのだった。