目に見える形
あれから数日。
毎日のように電話だったりメールだったり、直接会いに来たりと、何かコンタクトを取ってくる臨也が不思議なことに全く何もしてこなかった。
(……別に、気にしてる訳じゃないけど)
と、言いつつも馴染みのチャットルームを何度も覗いたり、数分おきに携帯を見つめている自分が居ることに帝人は気づく。
「……まぁ、一応あの人も社会人だし、きっと仕事が忙しい、んだよね……?」
誰も居ないチャットルーム、そして何の変化もない携帯に帝人は自分に言い聞かせるように呟きながら、溜め息を零すのだった。
◆◇◆
「…………」
「ねぇ貴方。いい加減にしてくれないかしら?仕事もせずにウジウジウジウジと」
「……波江。俺はね、君が思っている以上に繊細な人間なんだよ。分かる?」
「分からないわ。分かりたくもないわ」
波江にばっさり言い捨てられても尚、臨也は自分専用の大きな椅子の上で体育座りをして、動こうとしない。
ついでに言うと、ここ数日そんな調子で仕事をする気もないのだ。
そんな雇い主に、いい加減に腹が立った波江は尚も言った。
「全く、一体何を落ち込んでいるの?」
「え、何、俺の話聞いてくれるの?」
「聞きたくないわ。けれどこれ以上仕事放棄されても困るから聞いてあげてるんじゃないの」
波江がそう言うや否や、臨也は椅子を飛び降りると、波江の前まで来て座り込んだかと思うと、真顔で言った。
「……あのさ、どうやったら帝人くんに婚姻届け書いて貰えると思う!?」
「はぁ?」
「いや、別に婚姻届を提出できるなんて俺も思ってないんだけどね。ほら、あれだよ。俺と帝人くんの愛の形を目に見える形で残して置きたいって言うか、愛の証を作って置きたいって言うか。でもほら、帝人くんて照れ屋じゃない?だから素直には書いてくれないだろうし、だから俺はどうしたら良いのか数日悩んでいたんだよ!」
「…………」
八割方聞き流しながら、目の前で子供のように語る臨也に心底鬱陶しそうに波江は吐き捨てた。
「要は、何かしら。竜ヶ峰くんに婚姻届けを書かせれば良いのね?」
「うん、まぁ簡単にまとめるとそうだね」
「それなら話が早いわ」
波江はそう言うや否や、携帯を取り出す。
「え、ちょ、波江さん?何する気?」
「ここに竜ヶ峰くんを呼び出して、書かせたら良いのよ」
「いやでも、帝人くんは素直じゃないから書いてくれないと……」
「そんなもの、脅せば良いのよ。あんなガキ、数発殴ったら書くと思うわ」
「ストォォオッップ!!」
臨也は思わず波江の手を叩いて、携帯を振り落とす。
「何するのよ、痛いじゃない」
「待って、待って波江。色々とおかしいよ」
「何よ、おかしいのは貴方の頭の方でしょう?」
「まぁそれは否定しないけど、波江も充分おかしいよ」
臨也はそう言いながら、溜め息をついて、床にまた体育座りをして座り込む。
「……はぁ。波江に相談した俺が馬鹿だったよ」
「心外ね。私は善処したわ」
「……………」
本気でそう言っているらしい波江を見上げて、もう一度臨也は溜め息をつく。
そして、机の上に放り出したままの婚姻届に目を向けた。
その婚姻届は相変わらず自分の名前しか埋まっておらず、それを見て、臨也は最早今日何度目になるのか分からない溜め息を零すのだった。
「なんかさ……、無性に帝人くんに会いたくなってきたよ」
「私は誠二に会いたいわ」
「ちょっと波江、黙っててくれない?」
臨也は疲れたように波江に言って、そしてまたふて腐れたようにソファに寝そべるのだった。