灰とバロック
「…それって、バロックってやつ?」
マクマランは目を細めた。笑ったように見えたが、わからない。
「正解。始原の灰というのは、丸くない真珠だ」
「ふーん…」
ヒューズのくれたヒントはこれで解決できた。バロックを探せとは、つまり、事件の元になった?始原の灰?を探せ、という意味だったのだろう。
「で、それって大佐がもってたわけなのかな」
違うんだろうな、と思いながら口にすれば、マクマランは苦笑した。
「見つかってはいないだろうな」
「へえ。…しかし、あんたほんとに詳しいね」
エドワードは探るようにマクマランを見た。
マクマランはといえば、困ったように小首を傾げて少年を見返している。
…落ち着いてじっと観察してみると、若いと思ったが、マクマランは微妙に年齢不肖な男だった。
「それだけの情報だ、内部の人間だって知らない話も入ってんじゃねえか?」
畳み掛けるでなく、詰るでもなく、あくまで淡々とエドワードは質問を続ける。マクマランは小さく笑った。
「家がね、軍に融資をしている。その関係で色々情報は早い方だよ」
「ふーん…」
エドワードは気のない返事をして、瞬きを一つ。それから、会話を再開する。
「確かにあいつは上からは気に入られちゃいないだろうけどさ、それにしたって、急な気がするんだよな」
「…そうかい?」
「そうだろ。怪しい死に方をしたヤツがいる、これは十中八九錬金術師の仕業だろう、そう推理が立てられた。まあそれはいい。で、被害者が最近手に入れた真珠を大佐が探していた。イコール、大佐が犯人。…いくらなんだって乱暴すぎだろ」
肩をすくめれば、まあ確かにそうだが、とマクマランも同意する。
「だが、軍の中身は別に理屈が通る世界でもないだろう」
付け足された言葉に、今度はエドワードが頷いた。確かに、聖人君子だったら出世しないのが軍だろうから、それは間違いではない。だがそれにしても性急すぎる感は否めない。いくらロイが嫌われているにしてもだ。
正確には、恐れられている、のかもしれないが。
「…何かがあるんだよな、きっと」
エドワードは腕組みして目を伏せ、考え込む。今の手持ちの情報ではとてもカバーしきれないが、とにかく、まだ何かが隠されているという気はした。いずれにせよセントラルに行って、可能な限り現地で情報を集めたかった。
ロイが拘留されている今、軍人と接触するとエドワードまで拘束されかねないのでなるべく軍関係の施設は避けなければならないだろうが…。しかし今のところ、ロイが拘留されたというのは軍内部、それも限られた人間しか知らない情報らしいので(中尉が言っていた)、下っ端連中なら特に問題なくまけるかもしれないが。
汽車の振動は心地よく、何もなければ眠気を誘うようなものだったが、さすがにその時ばかりは眠気も訪れず、エドワードは暗い窓の向うを見やった。ただ暗い夜だけがそこにあり、何も見えはしなかった。
面会です、と慇懃に告げられて独房から出され、連れていかれた先はやたらに凝った内装の部屋だった。一体大総統でも面会に来るのかと皮肉げに笑えば、やってきたのは小柄な老人だった。見たことのない顔だったが、雰囲気からして医者か学者といった風情だった。神経質そうな目元は落ち窪み、どこか異常な気配がある。
「初めまして、だな、大佐」
しわがれた声で挨拶され、ロイは眉をひそめた。どうやら相手は自分を知っているらしい。…それも、あまり好ましくない意味で。
「…初めまして。ご老人」
とりあえず椅子に座り、相手の出方を見る。いずれにせよ、大人しい囚人ぶりっこにも飽きてきていた。何らかの打開策を計りたいところだった。早く独房を出て、シャワーを浴びて広くて湿っぽくないシーツのベッドで足を伸ばして眠りたいのだ。
「単刀直入に聞こう。マスタング大佐」
「…それはかまわないが私からも一つ質問を」
「なんだね?」
「あなたは誰だ?名前がわからないと不便でしょうがない」
マイペースに尋ねれば、老人はふくろうが鳴くような声で笑った後、目を細めて答えた。
「ウィルフレッド・マクマラン」
ロイは一度瞬きした。
その名前なら聞いたことがあった。軍に融資をしている企業家の一人だ。しかし彼の会社は確か精密機器を扱っていたはずで、医者や科学者の類ではない。ただ名前が同じ他人だろうか、と片付けて、後は顔色も変えずに話を聞く。
「了解した。ミスタ・マクマラン」
「では、質問をさせてもらおう」
仮にも国軍大佐を相手に横柄なものだが、周りで見ている兵士も何も言わないし、そもそも、こんな風に取り調べの場に部外者が入ってくること自体異例のことだろう。つまりこの老人はただの企業家、ただの融資者ではないのだ。
とはいえ、ただの企業家でないとして、では一体何者なのか、はわからなかったが。
「大佐。…あなたは『サラマンダー』ではないかね?」
しかし続く質問で、ロイは「は?」と間抜けな顔をしなければならなかった。思っても見なかった質問だったからだ。
「…失礼。意味がわかりかねるのだが」
とりあえず聞き返せば、老人は軽く溜息をついた。しかし、すぐにも切り替えたようで、質問を続けてくる。
「では質問を変えよう。大佐、あんたは死なない体を持っていなさるね…?」
老人の落ち窪んだ目が光ったように見えた。不気味な様子に、ロイは微かに眉をひそめる。やがて、彼は落ち着いた声で返した。
「そんなわけがないだろう。死なない人間などいない」
だがこの当たり前の答えに、老人は今度は引き下がらなかった。
「いいや。あんたは不老不死のサラマンダーだ。わしは知っている」
「…ご老人、気は確かか」
哀れむように目を細めれば、老人は瞬きもせずじっとロイを見据えた。その顔には執念のようなものがあり、背筋が冷えるような視線だった。
もっとも、ロイにはそれに怯えてやる義理などなかったが。
「――あんたが生まれたのは今から三百年以上の昔。あんたは、始原の灰で永遠の命を得た、賢者。そうだろう」
老人の目が狂気を帯びてぎらりと光った。ロイは眉をひそめ、老人の斜め後ろに控えている人間に視線を合わせた。
「大丈夫なのか?君らのボスは」
シニカルに歪めた唇は徴発だ。しかし、老人のガードらしき人間は、顔色一つ変えなかった。見上げたプロ根性である。ロイにとってはありがたくないことに。
「…ご老人。何をしてそんな風に思ったか知らないが…」
「大佐。わしは知っているのだよ」
「…何を?」
あくまで表情を変えないロイに、老人がにやりと笑った。薄気味の悪い笑い方だった。
「イシュヴァールであんたは怪我をした。常人なら即死の致命傷だ。だが、あんたは、一晩の失踪の末軽傷の体で本体に合流した」
違うかな、と念を押すのは確証があるからに違いない。ロイは軽く目を細め、答えを保留した。
「夜になり敵部隊との接触の危険性があったので一晩野営でしのいだ。あんたはそう報告したはずだ。そして誰もそれを疑わなかった。…あんたが庇った、あんたの致命傷の原因になった人間以外は」
「…ご老人、イシュヴァールに行かれたのか?随分とまた詳しいな」
「わしではないさ。わしの『息子』がな」
「…息子?」