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灰とバロック

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「真珠のことだよ。元々はね。歪んだ形の真珠のことを言ったんだ。そこから派生して、建築や音楽にも使われる言葉になったが」
「ふーん…」
「バロックが、何か?」
 不思議そうに問われるのに、エドワードは瞬きをして間を置いた。さて答えるべきかいなか。
「…なんでもない。ただ、…聞いてみただけだ」
 肩をすくめて言いたくないと示せば、それ以上聞いてくることはなかったので、エドワードは窓の外を見た。まだ夜の早い時間で、遠くの街並みには明かりが揺れていた。


 エドワードがマクマラン・ジュニアとセントラルに向かっていた頃。
 留置された収容所の檻の中で、ロイは小さな窓を見上げていた。ちょうど月が出ているのが見えた。
「…」
 しばらくじっと見ていた後、目を閉じて壁に寄りかかる。心は驚くほどに落ち着いていて、特になんの不安も感じていなかった。
「…月だけは変わらない、か」 
 確かどこかの、古い詩歌の一節だったか。何があっても、時がたっても月だけは変わらない、という。その気持ちはロイも同じだった。いつであっても、どこであっても、見上げる地表が変わっても、月だけは変わらない。
 ――そろそろ潮時か、と思う。
 大佐って年とらないですよね、という部下の言葉が耳に蘇り、腹をくくるか、と彼は溜息をついた。
「なかなか、気に入ってたんだがな…」
 と、呟きの末尾で誰かの気配を感じたロイが眉をひそめる。独房であり、あたりには看守さえいなかったから、誰かがいるとしたら今訪れてきたのに違いない。目的はロイしかないだろう。
「よーう、元気か?」
 かつ、と床を鳴らして訪れたのは眼鏡の男だった。ロイの口元が緩む。
「おかげさまでな」
 肩をすくめて軽い調子で言う親友に、ヒューズは困ったように眉根を寄せた。
「着替えと、メシだ」
「すまないな。だがいいのか?私は容疑者だろう?」
 からかうように言う男に、ヒューズは溜息をついた。
「それなんだが、おまえさんがなんで甘んじて捕まってやってんのかわからねえんだが」
 何考えてんだ、と探るような目を向けてくる男に、ロイはただ目を細めただけだった。独房の、食事の受け取り口から受け取った着替えと、普通に美味そうなサンドが出てきた。
「無実だからな。抗う意味も無いさ」
「……おまえ、…まだ、いる、よな?」
「何のことだ、ヒューズ」
 ロイは目を細め、小さく笑った。それをしばしじっと見つめていたヒューズだったが、…諦めて首をすくめた。なんでもねえ、と。
「そうだ。豆っこから電話があった」
「…あれから、か?」
 その話題に変えたら、それまでとは違い、ロイの顔に素直な驚きが浮かぶ。その顔に満足げに笑ったヒューズは、ひらりと手を振り踵を返した。
「あのじゃじゃ馬は俺の手にはおえねえからな、好きにやらせるが、おまえ、不服はないよな」
「…いや、おまえが言って止めてや…」
「言って止まる相手かい、あれが。しょうがないだろ、おまえさんが拾ってきたんだ。おまえさんには、付き合う義理があるだろうさ」
 小気味よい気分で言い放って、ヒューズはそれを潮に独房を出て行った。
 檻の中に残されたロイはといえば、着替えを胸に、困ったように笑って壁に寄りかかった。
「…始原の灰には近寄ってくれるな、鋼の」
 呟きはまるで祈るようにひそやかなものだったが、その願いが届くことは恐らくないだろう。それがわかっていても、なお、ロイは願わずにいられなかった。



 まさかロイが自分のことを考えているなどとは知らず、エドワードは自分の知っている範囲内で情報を整理したりしていた。
 ひとつ、男が死んだ。死に方は極めて怪異であり、ごく普通の人間に出来ることではない。犯人は、特殊な技術を持つ人間に限定されると考えるべきである。たとえば、錬金術師など。
 ひとつ、バロックというものが鍵であるらしい。バロックとは畸形の真珠のことである。
 …まったくわからない。
「あ、…」
 思わず呟いたのは、もうひとつ数えるべき事があるのに気づいたからだった。エドワードの声に顔を上げた目の前の男の顔を見て、なんでもないと首を振りながら少年は数え上げた。
 ひとつ、マクマランという男がどうしてかロイを助けようとしている。彼は資産家の跡取りであるようだが、ロイとの接点は不明。また、エドワードを探していた理由もわからない。
「…なあ。あんた、どうしてオレを探しにきたんだ」
 窓枠に頬杖を付いて、ぼんやりと聞いてみたら、相手が再び顔を上げた。いくらか困惑しているような、困ったような気配があるが、それでも目の動きを見る限りでは、どうやら答えようとしているらしい。
 さてなんと答えるのか。エドワードはじっと男の顔を見ながら、答えを待った。
「…大佐に昔助けられたことがある、といったのを覚えているだろうか」
「…あぁ?」
 エドワードは瞬きして思い当たる限りの記憶を検索してみた。確かに、言われてみればこの男はそんなことを言っていたように思う。
 少年の顔色から彼が察したことに気づいたのだろう。マクマランは話を続けた。
「大佐が話していたことがある。君の事を」
「…え?オレ?」
 すこし意外で、エドワードはぱちりと瞬きした。マクマランは頷く。
「天才だといっていた」
「…そりゃ、…どうも」
 ストレートすぎて、エドワードは不覚にも照れくさくなった。こう言ってはなんだが、その賛辞を贈られるのは初めてではない。だが、そんなにもストレートに、しかもあの後見人が口にしたのだといわれては、さすがのエドワードにとっても不意打ち過ぎたのだ。
 しかし、次に告げられた台詞もまたひどい不意打ちだった。
「始原の灰、と呼ばれる真珠がある」
「…、…え?!」
 エドワードは息を飲んだ。始原の灰、それは、しばらく前にエドワードがロイに告げた名ではなかっただろうか。
 さっと顔色の変わったエドワードをどう思ったか、マクマランは続ける。
「殺された男はそれを最近手に入れたらしかった」
「…まさか」
「大佐はそれを探していた。男が死ぬ前訪ねてきて、そして行方が知れないのは軍人。さらに、男は普通ではありえない死に方をしていた」
 淡々とした声は大きくはなかったが、しっかりとエドワードの耳に届いた。少年が咄嗟に返事が出来なかったのは、聞こえなかったからではない。
「…待てよ、始原の灰って…それ、オレが、聞いて…」
 エドワードの背中を嫌な汗が伝う。探していると言ったのはエドワードだ。それから探し始めたのかどうかは解らないが、もしそうだとしたらロイが逮捕された一因はエドワードにあることになる。
「…彼がなぜそれを探していたかはわからない。だが、大佐が探していた、という情報と、大佐が国家錬金術師である、という事実があれば、彼が鬱陶しくてならない上層部にとっては十分な証拠だった」
 マクマランは溜息をついた。その様子は苛立たしげで、彼が随分とロイに傾倒していることがわかる。助けられたといっていたが、それにしても随分だ、とエドワードは小さなものだが疑問を抱く。だが、口に出したのは別のことだった。
「…ちょっと待ってくれ。そういや、真珠って言わなかったか、今」
「ああ。始原の灰は真珠の名前だ」
作品名:灰とバロック 作家名:スサ